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 それから睦生は、夜勤明けのたびに差し入れを持ってアトリエを訪れるようになった。さすがにあのときのように泊まるようなことはなくて、だいたい差し入れてくれたものを昼食として一緒に食べて、お茶を飲んだら帰っていく。  いつも勝手に来るくせに、すっとドアを開けると一瞬不思議そうな顔をして、中に入ってくる。 「先生、今度からいらっしゃるときは、連絡してから来てもらえますか?」 「いいのか?」 「黙って急に来られるよりずっといいです」  睦生はあまり自分のことを話さないが、いつか夜勤明けは、すぐマンションに戻るのが嫌だと言っていた。長時間勤務の後だから、一刻も早く部屋に戻って休みたいものではないかと不思議に思ったが、それ以上は話したくなさそうだったので聞かないことにした。 「先生も懲りないですね。俺もう別に大丈夫ですよ」 「だったら、放っておいてもかまわなくらいの顔色になってくれ」  ひとりでいたら、本格的に食事をしなくなるのは目に見えていたから、返す言葉がない。煩わしいと感じることもあるが、睦生は余計なことは話さないから気楽だし、不思議とこの距離感を嫌だとは思わなかった。     
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