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「やっぱり、俺がもらうのはおかしいと思うんです。ひとりで住むには広すぎますし、家族でない俺が譲り受けるのはどうかと思って」  生前の天陽本人にも切り出したことは何度かあるが、こればかりは頑として聞き入れてくれなかった。そのうち体調の良くない天陽とぶつかるようなこともしたくなくて、そのままになっていた。 「譲り受けた後は煮るなり焼くなり、あなたの自由なんですよ。広すぎて困るというなら処分して現金に変えればいいんです」  そんな言葉で決心が鈍るくらいなら、ここには来ないでしょうけどね。と栗原は続けた。 「ただ自分が受け取るのはおかしいとあなたはおっしゃいますが、そのおかしいことのために桂木さんがどれほどの決心をしたかは汲んであげないんですか?」 「でも……」 「家族以上だったじゃないですか……あなたと桂木さんは。だからこそアトリエを譲ることで、あなたへの愛情を表したかったのではないでしょうか」  それは、わかっている。天陽が柊に何かを残したいと思ってくれたことも本当にうれしい。でも気持ちの表し方はそんな大げさなものでなくても良かったのだ。  最後までそばにいさせてくれた。それだけで十分だった。     
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