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「……とにかく俺には借金なんかありません。それどころか身内にたてついてまで一緒に住んでいた家を俺に残してくれてます。俺はいらないって言ったのに……聞いてくれなかった」
一気にそこまで言ってから、余計なことまで口走ってしまったことに気付いたがもう遅い。案の定、睦生は一瞬目を見開いたが、目が合うとふっと逸らした。余計なことを聞いたとでも思ったのかもしれない。
主治医である睦生とは、今までほとんど言葉を交わしたことはなかったが、その存在は知っていた。
年の頃は柊より少し上の三十代半ばくらいだろうか。確かに言葉遣いは悪いが、背が高く、男らしい整った顔立ちだ。また意外にも医師にありがちな傲慢さはなく、誰に対しても分け隔てなく接しているから、スタッフや患者からは妙に好かれている。
「……あんたは桂木さんの愛人でもやっていたのか?」
愛人、という響きに少しだけ驚いたが、それこそが世間から見た天陽との関係なのだろうと思った。
「愛人……そうかもしれませんね。夫婦の関係は破綻していたとはいえ、あの人には奥さんがいたから。そうか俺は、愛人だったんですね」
男同士という奇特な状況に加え、親子以上の年の差はやはり異常に映るのだろう。
「すまない。そんな言い方、さすがに気を悪くするよな」
「別に、本当のことだから気にしないでください」
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