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睦生はその態度からは信じられないくらい真摯に頭を下げた。あけすけな印象を受けたから、男同士で気持ち悪いだとか、金目当てかくらいは言われると思っていた柊は肩すかしをくらう。
「俺は、別になんにもいらなかったんです。なにを残してくれたって、あの人がいなければ意味がないんだから……」
明らかに困惑顔の睦生を見て、話しすぎたと後悔した頃、睦生の携帯が鳴った。きっと睦生もほっとしただろうが、柊もこれ以上の気持ちの吐露を止めることができて同じくらいほっとする。少しすると通話を終えた睦生に呼ばれた。
「行くぞ。桂木さんのエンゼルケアが完了したそうだ」
この人は何を言い出すのだろうと、立ち上がった睦生をぼんやりと見上げた。一向に動かない柊に焦れたのか、睦生が少し屈んで顔を覗き込んでくる。
「児玉さん……?」
「いいです。天陽さんが亡くなったら俺はそばにいてはいけないので」
「桂木さんにそう言われたのか?」
今までとは違う、ゆったりとしたやさしい声音の問いかけに、首を振る。
「弁護士にも連絡が行っている筈だから、ご家族がいらっしゃるのも時間の問題だろう。そうしたら、本当に会えなくなるぞ」
「いいです。もうお別れはしましたから」
うつむいたままそう答えると、目の前に手を差し出された。驚いて思わず睦生を見上げる。
「失礼だが、葬式だって出られる立場じゃないんだろ?」
「はい……」
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