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「それなら尚更、意地を張っている場合じゃないと思うが」  それでやっと心が決まったが、やはり立ち上がるほどの気力が残っていなかったので、素直に睦生の手を借りた。  差し出された手は、睦生の姿同様、頼もしい力強さで柊の手を握り返すと、その手を引いてくれる。  天陽の個室に着くと中に入るように促される。気を遣われたのか、扉をそっと閉められた。ベッドに近づき、そこに横たわる天陽をみつめる。天陽は、苦しそうな表情もなく穏やかで、本当に眠るような死に顔だった。  少しばかり生えていた無精ひげもきれいに整えられて、顔は他にも何かを施されたのかほんのり艶を帯びている。そのせいか、意識がほとんどなかった、最後の方の天陽よりよっぽど生き生きとして見えた。死者を目の前に生き生きとは変な表現だが、それくらいきれいに見えた。 「天陽さん……」  天陽の瞳はもう柊を映さないし、好きだったその手はもう柊を抱きしめはしない。一度名前を呼んでしまったら、あとはもう止まらなかった。 「置いていかないでよ……天陽さん」  あなたがいなくなったら俺はどうすればいいの? 嫌だよ……。きれいに整えられた手に触れることを躊躇い、その腕に顔を埋めた。     
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