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あの日清田が教えてくれた、細い近道を香澄は走った。息を切らしながらあのビーチにたどり着く頃には、オレンジ色の太陽が空と雲を染め、海はまるで湖のように凪いで、あの日と同じ色を見せてくれた。
ヒンヤリとした緩い風のそよぐ浜辺に佇み、香澄は海を眺めた。ここにもう一度来たかったのだ。本当の自分が始まったのは、ここからのような気がしたから。
けれど、改めて一人で眺める夕刻の海の色は深くて、思いがけず寂しさが込み上げて来る。
『この海は、ひとりぼっちで泳ぐには広すぎるから』
あの日の清田の言葉が蘇る。あれは52の話なのに。いつだって52の話は、自分と切り離せずにいた。
52は今でもこの海で、誰かに声を届けたくて、歌っているのだろうか。
―――私の声は、たくさんの人に届き始めたはずなのに、いま、まだ、こんなに寂しいのはなぜだろう。
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