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清田の印象が香澄の中で大きく変わったのは、実習が始まって3週間目に入った、月曜日の放課後だった。クラスメイトが出て行った後の教室で、ゆっくりと帰り支度をしていた香澄に、彼は声を掛けて来たのだ。
「それ、クジラやんなぁ。手作り?」
ハッとして、こちらに歩いて来る清田を振り返り、その視線を辿ると、通学カバンの横にぶら下げていたマスコットが揺れていた。
「……はい。叔母が作ってくれました。手芸が趣味だから」
少し緊張気味に返すと、清田はにっこり笑って香澄のすぐ横の席に腰かけた。
「優しい叔母ちゃんやね。いいなあ、めっちゃかわいい」
「……そうですか」
叔母は優しいし、このマスコットはお気に入りだが、あえて話題にする事ではないように思えた。なぜこの先生は、自分になんか話しかけるのだろう。
「クジラ、……好きなんですか?」
困惑しながら、そう問いかけてみた。なにか話さなくてはいけないような、そんな空気感があった。
「うん、海のそばで育ったから、海に住む生き物は子供のころから好きやった。ちっさい頃はみさき公園に何回もイルカショー見に行ったな。白井さん、見に行ったことある?」
自分の名前を覚えてくれていたことにも驚いたが、じっと見つめて来る子供のような瞳に、香澄はドキリとした。
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