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「いえ……。叔母の家に住むようになって、まだ半年なので……」
「ああ、そっか」
清田は静かに言う。赤耳キヨっちのくせに、耳は少しも赤くない。
もういいかげん解放してくれないだろうか。香澄が密かに焦っていると、清田はクジラのマスコットをじっと見つめ、そして訊いて来た。
「ねえ、白井さん、52ヘルツのクジラって、知ってる?」、と。
「……52ヘルツ、ですか」
香澄はきょとんとしたあと、首を横に振った。
「うん、世界で一番孤独なくじら」
「孤独な?」
香澄がじっと見つめると、清田は視線を逸らして、またカバンにぶら下がるマスコットを見つめた。
「アメリカの海洋研究所のチームがその声をたまたま録音して、一時期すごく話題になった。
クジラは普通10ヘルツから39ヘルツの周波数で鳴くねんけど、そのクジラの声は52ヘルツでね。やから愛称が“52”。
残念ながらその姿は観測されてへんから、種類も不明なんやけど、いろんな研究員が引き続き調査を続けてる」
「その声が珍しいからですか?」
「うん、それもあるけど……。そんな周波数の声で鳴いても、他のクジラには、その子の声が聞こえへんねん」
香澄は清田が言った孤独という言葉の意味を瞬時に理解し、ハッとした。
「誰にも聞こえない」
小さく繰り返すと、清田も小さく頷いた。
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