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「クジラは、ある程度の群れを作って、鳴き声でコミュニケーションを取りながら生きていく。でも52は、たった一頭で広い海を泳ぎ続けるしかないねん。仲間を呼んでも、だれもその声に答えてくれへん」
どこまでも深く暗く広い海を、たった一人で延々と泳ぐ。香澄はその光景を想像した。
クジラに寂しいという感情があるのか分からないが、その一生を思うだけで気が遠くなりそうだった。
「かわいそう」
また小さく呟くと、清田もうんと頷いた。
「でも、なんやろな。僕その記事を読んだ時、可哀想っていうのもあったけど、すごく応援したい気持ちになってん。その子、もう何十年も、ずっとずっと諦めずに仲間を呼んでんねんて。大きい声で呼び続けとったらいつか仲間と出会える思うてるんやろうね。
呼ぶっていうより、歌い続けてるみたいにも聞こえるって」
香澄は不思議な気持ちで目の前の清田を見た。
52の話はもちろん心に響いて来たが、目の前に居るのがあの照れ屋の“赤耳キヨっち”だとは到底思えなかった。
なぜ彼は自分相手に、こんなに目を輝かせて饒舌に語るのだろう。
「あれ~キヨっち、なんしてん。教室でナンパしたらあかんで!」
突然廊下から飛んできた声に、香澄も清田も肩を跳ね上がらせた。
振り返ると、クラスでも一番活発でよく喋る、北口翔子だった。忘れ物を取りに来たらしい。
気さくな子で、香澄は嫌いではなかったが、いつもクラスのグループの中心であり、ついつい彼女の横に行くと気後れしてしまう。
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