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「そんなんやないって」清田は急に落ち着きを失くした。
「そんなんやない言いながら耳真っ赤やんか。かすみんはシャイやから、ちょっかい掛けたらあかんで。そうっとしといたらんと。なっ、せやろ?」
最後に香澄に同意を求めたくせに、そのまま返事も聞かず、忘れ物のバッグを手に取ると、北口翔子はさっさと廊下に消えてしまった。
突風が去ったあと清田を見ると、そこに居るのはいつもと同じ、耳を赤くしたキヨっちだった。
―――そうだ、清田は先生になる勉強のためにここに来た人だ。
香澄はザラリとした感触を覚えた。
「私がいつも寂しそうにしてるから、その話をしたんですか? もっと頑張れって。努力しろって」
北口翔子の言葉を聞いたせいだろうか。香澄の口から思いがけず、冷ややかな言葉が出た。清田はハッと目を見開いたが、香澄自身が自分の言葉に愕然とした。清田を責めるつもりなど、少しも無かったのに。
「ちがう、そんなんやないって。ただフッと52思い出して、何となく話したくなって……」
清田の耳は更に赤くなり、そして香澄の気持ちも更に萎んで行った。
さっきまではあんなに言葉が通じていたのに、急に通じなくなってしまった気がした。
自分のせいだ。それも分かっていた。
「もう帰ります。さようなら」
小さく頭を下げ、香澄はカバンと泣きたい様な寂しさを抱えて廊下に向かった。
「声が……」
後ろから清田の声がした。
「聞けて良かった」
香澄は思わず振り返った。
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