Lonely whale

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 白井香澄は南海線の車窓に流れる懐かしい景色を眺めながら、シートに身をあずけた。和歌山市行きの区急で、南へ向かう。  22歳になった香澄が数年ぶりに大阪を訪れたのは、中学の同窓会に出席するためだったが、会場のある堺駅では降りなかった。どうしても立ち寄りたい場所がもう一カ所あったのだ。  区急が泉佐野を出て各駅停車に替わると、香澄は少しばかり落ち着きを失くした。目的の駅に誰かが待っているわけでもないのに、胸が苦しくなるのが自分でも不思議だった。  気を落ち着かせるため、バッグの横にぶら下げた、小さなクジラのマスコットをそっと撫でた。14歳から大事にしている白と青のフェルトのクジラは、今でも愛らしい笑顔で香澄を見つめてくれる。  このクジラが香澄の宝物になったのは、中学2年の、あの放課後からだった。それまでは、叔母が作った手芸品の一つでしかなかった。 『白井さん、52ヘルツのクジラって、知ってる?』  ポツンと教室の席で、そのマスコットを見つめていた自分に話しかけて来た清田の声を、香澄は今でも忘れられない。  その3週間だけの教師との出会いは、香澄を今の香澄へと導く、大きなきっかけとなったのだ。             ***
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