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【番外編】正木が夕夜のモデルになったワケ。(1)
「おまえんち行くの、これが初めてだよな?」
夕刻の電車の中で、ふと正木が若林を見てそんなことを言った。
若林の気のせいでなければ、正木は今ひどく浮かれている。まるで遊園地に行く子供のように。
「あ、ああ……そうだな」
硬い声で若林は答えた。単に同僚を自分の家に連れていくだけなのに、どうしてこれほど緊張しなくてはならないのだろう。
よく考えればこうなることは予想できた。大学には秘密でロボットを作るなら自分の家で作るしかなく、正木に協力を求めたら自分の家に来てもらうしかない。
だが、まさかそれが協力を申しこんだその日になるとは、夢にも思わなかったのだ。
***
「ロボット――作らないか?」
今日の午後。立ち話の延長で、若林は思い悩んだ末についに言った。
正木がどう答えるかまったくわからなかったから、それまでずいぶん迷っていたのだが、正木は実にあっさりと了承してくれた。しかし、一つだけ、若林に条件を出してきた。
「もしロボットが完成しても、それはおまえ一人で作ったことにしてくれ」
「どうして?」
若林のほうから正木に協力を求めた以上、他人にもそう説明するつもりでいた。それが物を作る者の道義というものだろう。だが、正木は困ったように笑い、自分の頭を掻いた。
「何でもさ。そうじゃなかったら、俺はおまえに協力しない」
正木にそう言われてしまっては、若林はただそれに従うしかない。
もしかしたら、自分に協力したと周囲に知られることが嫌なのかとも思ったが、正木はそういうことを気にする質ではない。
まあ、もともと人に発表するつもりで始めたことではなかった。とりあえず正木の協力を得られればそれでいい。
「わかった。必ずそうするよ」
不本意だったが、若林はそう約束した。
そう。そこまではよかった。
「じゃあ、話は決まった」
正木は急に期待いっぱいの笑顔になると、若林にこんなことを言い出してきた。
「その作ってる途中のロボット、俺に見せてくれよ!」
かくして、若林は仕事が終わった後、正木と一緒に電車に乗って、正木と一緒に電車を降り、妙にどきどきする心臓を押さえながら、自宅の玄関ドアを開ける羽目になったのだった。正木を知ってから十一年。まさかこんな日が来ようとは。
(よかった……まだ掃除したばかりで)
先に正木を家の中に入れながら、心の底から若林はそう思った。
「おまえ、ここで一人暮らししてるんだよな?」
何がそんなに珍しいのか、正木は寒々とした家の中をしきりと見回している。
「まあ……そうだけど……」
答える若林の口が重くなったのは、十年前に亡くした家族のことを思い出したからだ。
正木には改まって自分の家の事情を話したことはないが、たぶん断片的に知っているのではないかという気がする。
「こんなに広くっちゃ、掃除すんのも大変だろ?」
そんなことを言いながら、明るく笑ってくれたから。
「まあな。だから、使ってるところしか掃除してない」
「掃除してるだけ偉いや。俺なんか、使ってたって掃除してない」
つられて若林は笑ったが、それが謙遜でも何でもないことを彼が知るのは、一年後の冬のことである。
「そんなことよりさあ。肝心の、ロボットどこだよ?」
まずはコーヒーを入れてからと、一応頭の中で段取りを考えていた若林はいきなり順序を飛ばされて少しがっかりした。が、そもそもここへ正木を連れてきたのはそれが目的だったのだ。若林はキッチンへ行くのをやめた。
「ああ……あれなら地下にあるよ。でも、作業してそのままにしてあるから、ずいぶん散らかってるんだけど……」
「そんなのかまわねえよ。へえ、ここって地下室あるんだ。まさか、自家発電もできるとか?」
たぶん、正木は冗談のつもりだったのだろうが、若林は真面目にうなずいた。
「うん? できるけど?」
正木は無言で若林の顔を見つめ、ぼそりと言った。
「おまえんちの電気代、月いくら?」
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