白城の鷹

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「さあ、張った、張った」  ランプが煌々と灯された料亭の奥座敷で、唐桟(とうざん)の着流しに、(さらし)を腹に太く巻いた男の野太い声が響く。 二十畳はある広い部屋の真ん中には、畳に白布を張った盆茣蓙(ぼんござ)が設けられ、二十人ばかりの男女が目を輝かせて身をのりだしていた。若者から老人まで、和装や洋装の客たちが男のかけ声にあわせ、丁だ、半だと木札を投じる。  興じているのは丁半賭博だった。  盆を取り仕切る中盆(なかぼん)という役の博徒が、客のだした札を見渡して、丁と半の賭け数を調整する。  その横で、壺振り役の隼珠は、正座をして勝負を眺めていた。  紺無地木綿の着流しに博多帯をもろ肌脱ぎにして、目を盆に据えている。今年数えで十八になる華奢で小柄な外見は、手練れの博徒の中では浮いている。二重の瞳に、小ぶりの鼻と唇。幼さの残る顔つきは中性的だ。それを自覚しつつ、背中にまでたれる長い黒髪を、手で梳いて流した。  明治二十三年。明治維新とその後の騒動も落ち着き、銀座に日本初の電灯が灯るころ。ここ東海道沿いの宿場町、鶴伏では秋の祭りにあわせて祭礼賭場がひらかれていた。近くの神社の祭りにあわせて賭場が開催されるのは、江戸時代から続く伝統行事である。明治十七年に制定された賭博犯処分規則により、お上の博徒への取り締まりが厳しくなって以来、祭礼賭場もなくなっていたが、その規則が昨年廃止されたので、久しぶりの開帳に客も博徒も熱が入っていた。 「丁半出そろいました」  男のかけ声にあわせて、中盆の横にいた隼珠は、前におかれた壺に手をかけた。 「勝負」  男の声と共に壺を持ちあげる。 「シソウの半」  同時に嘆息や笑い声がわきおこった。中盆が盆茣蓙の上の札を勝者と敗者に振り分ける。隼珠はそれを見ながら、細い肩をもんだ。  さっきから三十分以上も壺を振り続けているせいで、古傷が痛んでいる。隼珠の左手は、八年前に博徒に斬られたせいで今もうまく動かない。 「もう代わっていいぞ」  休憩に入ると中盆に声をかけられた。 「へい。ありがとうございやした」  隼珠は挨拶をして、後ろに控えていたもうひとりの壺振りと交替した。まだ壺振りとして半人前の隼珠は、今日の盆では客が揃うまでの場の気付けとして働かせてもらっただけだった。  立ちあがって座を退こうとしたとき、近くの客と目があう。座布団の上に胡座をかいているのは、四十すぎのでっぷりと太ったいかにも金持ちそうな洋装の男だった。
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