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隼珠が物珍しく周囲を見ていると、源吉がたずねてきた。
「おめえさん、男のくせになんでそんなに長く髪をのばしているんだい?」
腰まで届きそうな真っ直ぐな髪は、いつも紐でひとつに括っている。それが秋風にふわりと揺れた。
「へえ。前の親分さんに切るなって言われてたんで」
不思議そうな顔をする源吉に説明する。
「美人局をしたり、ゆすりたかりで女が必要なときに、俺が女に化けてたんでさ」
「ほお」
隼珠の細面を眺めながら、源吉がうなずいた。
伊助親分のもとにいたとき、隼珠は詐欺行為をするときによく手伝わされた。化粧をして髷を結い、女物の着物を着て人を騙すのだ。男にしては肌も白いし、幼さの残る身体の線は骨太っぽくもなかったので、簡単にカモを信じさせることができた。
殴られて悔しがる男や、金を取られて泣く女。被害にあった者は皆、隼珠を憎んで罵倒した。いい気持ちはしなかったが、可哀想だとは思わないことにしていた。自分にとって堅気の人間は、金蔓でしかなかった。
「なるほど。そりゃあ、おめえさんが女に化けたら、俺でも騙されそうだな。けど、うちじゃあそんな仕事はねえからな。切っちまえばいいさ」
通りをしばらく歩いて、迅鷹がひいきにしているという床屋へ入る。
「やあ、源さん、朝からどうしたい」
店の掃除をしていた店主が挨拶をした。
「ああ。忙しいとこ悪いが、こいつのアタマをちょっと切ってやってくれんかね」
隼珠の背を押して前にだす。
「この子は……男の子やな」
「そうや。今日からうちで預かることになった坊主や。短く切ってやってくれ」
客は他にいなかったので、すぐに鏡の前の椅子に座らされた。
「綺麗な髪だね。切るのがもったいないくらいだな」
白い大布を首だけだす状態でまきつけられる。鏡をのぞけば、源吉は後ろにある畳敷きの上げ床に腰をおろして、隼珠の髪に理容鋏が入るのを眺めていた。
ザクリザクリと音を立てて長かった髪が切られていく。あっという間に頭がかるくなって、額も短い前髪で隠すと、鏡の中の自分は別人のように男に変わった。
「……」
数年ぶりの短髪姿は、まるで自分じゃないようで、けれど顔はやはり自身のままで、隼珠は不思議な気持ちでそれを眺めた。見つめているうちに憑き物のようなものがスウッと落ちていくような気分になる。
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