暗転

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「誰も異存はねえだろ」  迅鷹が周囲を見渡して告げる。子分らは目配せしあって、小さくうなずいた。けれど言われた本人は全く喜んでなどいなかった。 「……俺には、無理です」  震えながら首をふる。 「俺には、できません」 「そんなことあるもんか。おめえ意外に誰がいるよ。一の子分なら誰も文句は言わねえ」  それでも、亮は頑なに拒否をした。 「白城はあなたが親分じゃないと駄目だ。それが先代の願いでした。あなたが死ぬなんて、俺は思ってなんかいない。だから俺では、できません。せめてあと数日。人足らが泊まれる別の宿所を手配して、工事が無事に開始されるまでは。その後には、赤尾に出入りをかけて下さっても結構です。準備を整えて、仇討ちに行ってください。俺は留守番します。ですから、どうかお願いしますっ」  膝を折り、地面に頭をこすりつけて懇願する。その姿には、白城組を預かる者の責任以上の何かがあらわれていた。 「赤尾は叩き潰さねばならんでしょう。俺たちの矜恃にかけて。けれど、白城を守ることも考えて下さい。先代が苦労して築いた組を、あなたの代で無くすようなことだけはどうかしないで下さい……っ」  亮の必死の頼みに、迅鷹も黙りこむ。  しばらくじっと土下座する亮を見つめていたが、工事に(たずさ)わる人の多さが身に染みてきたのか、亮の説得に理解を示したのか、顔つきが次第に冷静になっていった。  やがて根負けしたように、ひとつ大きなため息をつく。 「畜生め」  厳しい顔で長い髪をかきあげ、周囲を見渡した。 「今日中に宿所になる場所を探す。それで明日の夜明けには赤尾を攻める。武器蔵をあけて、準備をしておけ。それ以外は聞かん」  言うと、踵を返して群れから外れた。  迅鷹が焼け跡の片付けに取りかかったのを見て、子分らも動きだす。  亮はいつまでも土下座したままだった。ピクリとも動かず、頭をたれている。皆が離れていった後もそのままだった。  隼珠は亮が気になって、その場から動けないでいた。 「おい、隼珠。こっちに来て手伝え」  子分のひとりに呼ばれて、振り返る。  その足に、コトリと何かがあたった。  落ちていたのは焼け焦げた酒瓶の欠片だった。隼珠は不思議に思いながらそれを見おろした。  ここで酒を飲むのは迅鷹が禁止していたはずなのに、どうして酒瓶が落ちているのだろう。誰かが寒さに我慢できず、こっそり持ちこんだのか。 「隼珠、早く来い」  怪訝に思いつつも、子分にもういちど呼ばれた隼珠は、急いでその場を後にした。
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