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「沢口は殺されていた。犯人は蛇定だろうと使用人が言った。だが、お前の姿はなかった。俺ぁ、蛇定がお前を餌に俺をおびきだそうとしているんだと考えた。だから白城組に戻ってすぐに出入りを決めたんだ」
「……」
「残忍な蛇定が、お前をどう扱うのか想像したら、もう余裕はねえと思ったんだ」
「……鷹さん」
出入りまでの経緯を話されて、隼珠は胸がしめつけられた。迅鷹が出入りを決断したのは、隼珠を救いだすためだったのだ。
迅鷹はまた前を向いた。隼珠の手を握りしめたまま坂道をのぼっていく。
「隼珠よ」
暗闇の中、木や草をかき分ける音にまざって、迅鷹の低い声がした。今夜の月は半月らしい。薄雲のかかった空に、半身を闇に溶かした姿が浮いていた。
それを背に迅鷹は歩を進めた。休むことなく歩いていく。どこか目的地があって、そこに向かっているようだった。
「お前は、俺にとって特別なんだ。だから博徒の世界で、もう傷つけさせるようなまねはしたくねえ」
静かに告げる。そうして痛みをこらえるような顔をした。
「俺は、お前に話さなきゃならねえことがある」
思いつめた声で呟く。
「八年前の事件のことだ」
闇の中で隼珠はうなずいた。それを視界の隅でとらえたらしく、迅鷹が見おろしてくる。
隼珠は憂いを含んだ精悍な男の顔を見つめた。
「……それなら、聞きやした」
隼珠の答えに、迅鷹が目を眇める。
「亮さんと、源さんから、少し前に、話してもらいやした」
「……」
相手がどうして知ることになったのかと問うような表情になった。それに隼珠はわけを話す。源吉が死ぬ間際に言ったこと、それを偶然、亮に話してしまったこと。隼珠が亮に頼んで、仔細を明らかにしてもらったこと。喋ってしまったふたりに非はないことを明らかにしながら伝える。迅鷹は黙って聞いた。
「……そうか」
話し終えるとポツリと一言こぼす。そうしてから大きくため息をついた。次の言葉をどうかけるべきかと考える様子に、隼珠はその暇を与えず口をひらいた。
「俺は、八年前のことで白城の人たちを責める気はねえです。俺が今ここで生きてるのは、鷹さんのおかげなんだし、こうやって、仇討ちできたのも鷹さんが俺のことを助けてくれたからだと信じてやす。だからなんにも恨んでねえ」
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