真実の夜*

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 この人がいてくれたから、自分はここまで来ることができた。迅鷹でなかったら自分はこれほど信頼して、ついてくることなどできはしなかったろう。  隼珠の胸に熱の塊のような想いがあふれてくる。  迅鷹のことが好きだった。胸が張り裂けそうなくらいに。  たとえ情けで抱かれたのだとしても、自分の身体は、この人以外には応えられない。自分はただ、この人のためにある。この人だけが、隼珠を無念の闇から救ってくれた。  隼珠は迅鷹の着物の裾をギュッとつかんだ。もう離れたくないと言うように。言葉にできない想いを伝えるかのように。  迅鷹は分かっただろうか。前を見つめたまま、沈んだ声で話しだした。   「八年前のあのとき」  いちど目を(つむ)って、瞼に力をこめる。ふたたび目をあけて、隼珠に視線を向けてきた。 「お前は知らなかっただろうが、俺はお前が預けられていた医者の所に、意識が戻った後も毎日、こっそり様子を見に行っていたんだ」  隼珠は瞳を瞬かせた。迅鷹は隼珠を見ながら、涙の痕のついた頬に指の背をあてた。 「怪我の具合が心配でな。治るまでは世話をしてやりたかった。もちろん、そのあとも生活の援助をしてやるつもりでいた」  それは初めて聞く話だった。 「あるとき、医者をたずねていったら、お前はお医者先生と話しているところだった。あいた戸口からお前と先生の姿が見えたが、ふたりとも俺には気づいていないようだった」  迅鷹の手はまだ、隼珠の頬に添えられていた。流れ落ちた涙の筋を消そうとするように、そっと擦られる。 「お前は布団の上で正座をしていた。繃帯を巻いた小さな背を丸めて、涙を懸命にこらえている姿は哀れだった。……お医者先生が『これからどうする』ときくと、お前はちっちゃな口ではっきり言ったんだ。『兄ちゃんの仇を討ちます』と」  隼珠の脳裏に、そのときの光景がよみがえった。確かに自分はそう言ったかもしれない。医者に聞かれて、怒りにとらわれていた隼珠は復讐を誓ったはずだった。あのときからずっと、自分はそのために生きていた。 「俺はその言葉をきいて、心臓になにか、(くい)のようなものが打ちこまれた心地がした」  迅鷹の指先がふととまる。そうして、ほんのわずか震えだす。
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