真実の夜*

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「あのころの俺は、蛇定に対する恨みだけで生きていた。自分がどれだけ冷酷になれるか、博徒らしくなれるのか、それだけを考えて日々をすごしていた。人が死ぬのはそいつが弱いからで、死にたくなければ強くなるしかないと信じていた。だから力のない堅気が喧嘩に巻きこまれて死んだとしても、露ほどの同情も持たないようにしていた。お前の兄貴に対しても、同じような気持ちしかなかった」 痛みをこらえるように話し続ける。けれど途中でやめたりしなかった。きれいごとで誤魔化そうともしていない。ただ、本当にあったことだけを包み隠さず伝えようとした。 「けれど、お前は違っていた。俺が捨てて、見殺しにした命を、なにより大切にしていた。小さな身体で、かないっこないだろうに、無念の闇に落ちた魂を仇を討つことで救おうとしていた」 男の瞳に影が宿る。 「その姿を見たときに、自分がどんな間違いをしていたのか気づかされたんだよ。あんな健気な子供を泣かせて、なにが仇討ちだ、なにが任侠道だってな」  懺悔するような話しぶりに、隼珠の胸も震えた。 「俺は自分の間違いを正すために、身元を明かさずお前を助けてやるつもりでいた。けれど、翌日医者のところにいったとき、お前の姿は消えていた」 「……」 「医者も、誰も、お前の行く先を知らなかった。ひどい怪我を負ったまま、お前は煙みたいに消えちまった。それから俺はお前を探し続けた。ちっちゃな子どもだ。すぐに見つかるだろうと考えていたが、消息はようとして知れなかった。どこでどうしているのか、死んじまったのか、そればかりが気になった。生きていて、そうして幸せになってくれていればと、ずっと願っていた。だから再会できたときは、偶然の運命に感謝したよ。今度こそ、大切にしてやらなきゃあいけねえと思った。仇討ちを望む願いをかなえて、堅気としての生活を取り戻してやって――」 「……鷹さん」 「けれど、お前は俺のそばで博徒として生きていきたいと言いやがった。俺のために死にたいと、好きだから離れたくないと。必死で訴える姿に、十のときから全然変わってねえんだと、心がねじられる思いがした」 「……」 「――隼珠よ。俺は、お前が普通に幸せでいてくれれば、人としてまともになれる気がしたんだ。背中の阿修羅に取りこまれることなく、ただ残忍なだけのゴロツキにならずにすむようにな」 迅鷹の手のひらは熱い。 「さっき、お前はきいたな。情夫にしたのは負い目からかと。それだけを知りたいと」 「……へい」  その熱が頬を灼く。
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