真実の夜*

17/17
前へ
/158ページ
次へ
 ◇◇◇  夜明けを待つ間に、屋敷からたなびく煙は消えていた。  人々の影が、小さな斑点のように黒い畦道(あぜみち)を行ったり来たりするのがうすぼんやりと見える。  濃紺の空がわずかに蒼く、そして冴え冴えと澄んで、朝の色に変わっていく。晩秋の木々のすきまから、隼珠は遠くに広がる光景を眺めていた。  迅鷹が後ろから隼珠を抱きしめている。欅の木にふたりでもたれて、新しく始まる日を静かに待っていた。息がわずかに白い。けれど着物と火照った肌を重ねあっているから、寒さは感じなかった。 「隼珠、……俺は監獄にいくぞ」  背後で男がささやく。覚悟を決めた言い方に、隼珠は答えられずただ黙って聞いた。  それは出入りを決断したときから、避けては通れぬ道であった。  死ねばそれまで。生き残れば、たとえ博徒同士の喧嘩であっても、法の裁きが待っている。白城と赤尾の対立は、付け火に出入りと死人も出た。蛇定は死んだが、彼の過去の行状とあわせて警察の捜査が入るだろう。 「だが、必ず戻ってくる」  隼珠の細い身体を抱きしめながら言う。  耳元にかかる低く掠れた声を、隼珠は絶対に忘れまいとした。  監獄という場所が、どれほど過酷なのかは隼珠も知っている。あそこでは劣悪な環境に粗末な食事、過酷な労働に命を落とす者も珍しくはないのだ。 「俺は蛇定みたいに逃げ回ったりはしねえ。自分のしたことの落とし前は、自分でつけてくる」  隼珠は待っていろと言って欲しかった。必ず戻るからそれまで待てと、そう命じてほしかった。しかし迅鷹自身もこれからどうなるのか分からないのだろう。何年、収監されるのかもわからない。だから待っていろとは明言しない。  けれど迅鷹は、必ず戻ってくると言った。 だから隼珠は待つつもりでいた。  あの、白城の屋敷で。この人の帰るのを。  いつまでも、待つつもりでいた。
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!

370人が本棚に入れています
本棚に追加