未来

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 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇      月日の流れを感じるのは、日常の暮らしの中に、新しいものがやってきて古いものが去っていくのを見るときだ。  たとえば世情。明治二十七年に日本は隣国との戦争が勃発し、翌年、勝利して終結した。たとえば風俗。隼珠は二十三歳になり、この年初めて洋服を仕立てた。  身体にぴったりと合わせた三つ揃いにネクタイをしめた姿を鏡で見たときは、まるで自分じゃないようで、隼珠は思わず照れくささに鏡から目をそらしてしまった。  それでも大切な人を迎える晴れの日の準備なのだからと、財布の中身をはたいて靴からケイプまでしつらえた。そしてベストの脇ポケットには、鎖でつながれた懐中時計。これは五年前の出入りのときに、蛇定に暖炉に放りこまれたものだ。  あの後、隼珠は焼け焦げた時計を取り戻し、伝手をたどって外国と取引のある商人に修理の依頼をした。どれだけお金と時間がかかってもいい。どうしてもこの時計を直したい。そう願って壊れた時計を船にのせた。  時計は手元に戻るまでに二年の歳月を要した。けれど、その甲斐あってか元通りの姿で隼珠のところに返ってきたのだった。  相手の時計も隼珠が預かっている。あの人が帰ってきたら、対のひとつは渡すつもりだ。  あの日、赤尾への出入りの後、白城の家に戻るとそこには警察が来ていた。親分である迅鷹は子分らと共に逮捕されて、警察署へ連れていかれた。隼珠も取調べを受けたが、蛇定への行為は正当な防衛とみなされて、罪には問われず解放された。多くの子分らも同様にほどなく釈放された。  しかし白城一家の頭である迅鷹はそうはいかなかった。数人の罪の重い子分らと共に、監獄送りになることは明白で、その噂はあっという間に鶴伏中に広まった。困惑したのは白城の子分だけではなかった。街の多くの住人達も、白城組の親分の逮捕に戸惑った。  白城の鷹は、鶴伏で一番の信頼できる親分だ。彼がいなくなったら、街の治安はどうなるのか。赤尾の残党が勢力を取り戻そうとするかもしれないし、街の周辺に多くいる他の親分衆が白城の鷹の留守をいいことに、好き勝手を始めるかもしれない。
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