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迅鷹は隼珠のシャツの襟をじっと見ていた。いや、襟ではなくその内側を覗きこんでいた。
迅鷹の目敏さに、覚悟していたとはいえその言い方に少し怯んでしまった。けれど、いつかはバレることなのだ。
「……へい」
観念して、隼珠は着ていたものを脱ぎ始めた。シャツのボタンを外して、するりとそれを畳に落とす。
「後ろをむけ」
言われた通り、隼珠はゆっくりと背中を向けた。
背後で息を飲む気配がする。
「これは……」
迅鷹が驚きの声をあげた。
相手がどう感じたのか知るのが怖くて、隼珠は迅鷹が何か言う前に口をひらいた。
「俺の、覚悟です」
背中に相手の視線を感じる。痛いほどの。
そこには彩色された風に翼をひろげる優美な鷹の姿があるはずだった。
「……」
冷えた空気に裸をさらしたせいか、それとも緊張のせいか身体が大きく震えた。
迅鷹は指をのばすと、隼珠の背にそっと触れてきた。五年前の夜、隼珠が迅鷹の阿修羅を初めて間近に見せてもらい、その美しさに手をあてたときと同じように。
「俺と同じ彫師だな」
ぽつりと言う。
「へい。探して、彫ってもらいやした」
迅鷹は大きく息を吸って、それから、唸るように吐きだした。
「――そうか」
流線形に描かれた羽根に指先を添わせる。愛でるように、そうして感触を確かめるかのように。
やがてしみじみした口調で話し始めた。
「……監獄にいる間、俺ぁ、お前をどうやったら幸せにしてやることができるのかと、ずっと考えていた」
手のひらから、迅鷹の体温が伝わってくる。
「今度こそは、誰よりも裕福な暮らしをさせてやりてえと思ってた」
叱られる覚悟だったが、そうはされずに優しくなでられて、墨を入れたことを許されたのかと思えた。
「けど、お前の幸せは、これにあったんだな」
こらえきれずに振り向くと、隼珠は迅鷹に抱きついた。
「俺はぜんぶ、鷹さんのもんです」
男の背に手をまわして縋る。
「これは、その証なんです」
気持ちがたかぶってしまい言葉が震えると、迅鷹はそれを受けとめるように言った。
「ああ。優雅な鷹だ。お前に似合ってる」
黙って入れてしまったにもかかわらず、迅鷹は責めることなく似合うと褒めてくれた。
それで隼珠はやっと、自分が博徒として受け入れてもらえたのだと知った。
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