優しい手

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 賭場が引けたあと、隼珠はそのまま沢口の屋敷へ連れていかれる予定だったので、身の回りの物を風呂敷に包んで準備をしていた。それを抱えて、迅鷹の後をついていく。  料亭の廊下を歩きながら、隼珠はこれからどうなってしまうのだろうと不安になった。  この一見、伊達男風の親分は、自分をどうしようというのだろうか。無理矢理伊助から奪い取って、自ら仕置きをすると言った。果たしてどんな目にあわされるのか。 殴る蹴るの制裁を受けるのか、指をつめさせられるのか、それともどこかの娼家で働かされるのか。まさか殺すまではしないだろうが、迅鷹が冷酷な無頼なら、命の危険な汚い仕事に使われるということもあり得る。今までずっと、常識知らずの博奕打ちの中で暮らしてきた隼珠は、どんな理不尽なことがあっても驚かなくなっていた。  しかし実際に自分の身に起こるとなると、身震いしてしまう。兄の仇を討つまではどうしても生きてやるという思いで暮らしてきたが、それも今夜でお終いか。  料亭を出ると、迅鷹の子分と思われる、四十歳ぐらいの男が外で待機をしていた。 「やあ、(りょう)。待たせたな」 「親分、それはなんですか?」  亮と呼ばれた男が迅鷹の後ろにくっついている隼珠を見て問う。 「三百円の肩代わりだ」 「へえ?」 「料亭の裏で悪さをしようとしたから、仕置きをしてやろうと思ってな」  怪訝な顔をする亮の横で、迅鷹が言ってくる。 「お前、名はなんて言うんだっけな」  隼珠はふたりに頭をさげながら答えた。 「井口隼珠です」 「隼珠か」  あごに手をあてて、何か、思いめぐらすような顔をする。 「隼珠」  改めて名前を呼ばれる。へい、と返事をすると、迅鷹は口の端を意味ありげに持ちあげた。 「今夜、俺の部屋にこい」  闇の中、その不遜な顔は隼珠を動揺させた。  部屋に行って、何をされるのだろう。この男は、妾として買われそうになった自分を、そういう意味でいたぶるつもりなのだろうか。
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