優しい手

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 黙りこくった隼珠に、迅鷹は「俺が仕置いてやる」と言って先を歩き始めた。夜道を亮と共に、後をついていく。それでも、あの太った狸親父に好きにされるよりはマシなのだろうか。やくざ渡世に身をおいて十年。隼珠にとってはどこへ行っても同じ奈落でしかない。  三十分ほど歩いて連れていかれたのは、鶴伏の東にある白城の屋敷だった。  さすが宿場町一の親分というだけあって、切妻作りの門と屋根つき板塀に囲まれた立派な造りの屋敷が通りの一角を占めている。敷地には二階建ての広い母屋のほかに長屋のような離れが続いていた。その奥に庭があるようだった。 「お疲れさんでござんした」  玄関に入ると、帳場に控えていた子分が出迎える。迅鷹は「おう」と返事をすると、 「源爺さんはいるか?」  とたずねた。 「もう寝ちまったんじゃないですかね。年よりは夜が早いですから」 「そうか。じゃあ仕方ないな」  迅鷹は子分から灯の入ったランプを受け取りながら、隼珠についてこいと手招きした。不思議そうな顔を向けてくる子分に頭をさげて、隼珠は後についていった。  雨戸のしめられた縁側をぐるりとまわって奥の部屋へと行く。障子をあけて、迅鷹が先に入った部屋は寝室のようだった。もう布団が敷かれている。迅鷹は部屋の隅の机にランプをおいた。 「荷物をそこにおいて、こっちへこい」  隼珠は言われた通りにした。迅鷹は布団の上がけをめくると、「着物を脱いでここにうつ伏せろ」と命令した。脱げと言われて、一瞬、腰が引ける。けれど自分は買われた身である。仕方なく着古した木綿の着物の帯をといた。下帯に手をかけて、全部脱げとは言われていないと思い、下帯はそのままに布団にうつ伏せる。迅鷹は何も言わなかった。  ランプの炎が暖かく部屋を照らしている。隼珠からは迅鷹の顔は見えない。薄暗い障子が目に映るだけだった。  こうしていると、あの日のことを思いだす。蛇定に斬られて、医者のところで痛みに苦しみながら伏せていたときのことを。
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