優しい手

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右肩に大きな手のひらがおかれて、ひくりと身体が反応した。 「ひでえ傷跡だな」  頭上で迅鷹がささやく。隼珠はじっとその声を聞いた。手は傷をなぞるようにして右肩から肩甲骨をすぎて、左手の肘まで動いていった。 「蛇定にやられた傷か」 「へい」 「よく生きていたな」  この人は、あの事件のことを知っているのだろうか。  知っていたとしても不思議ではなかった。新聞にも出たし、地元では有名な出来事だったからだ。 「さっき壺を振ってるところを見てたが、左手の振りが遅かったな。こっちの手はうまく動かせねえのか?」 「……へい」 「筋が断たれたのか。この深さならそうだろう」  迅鷹の指が、ゆっくりと皮膚を押す。そうすると、なぜかかゆいようなくすぐったさが生じてくる。こんな風に、誰かに傷を触らせたのは初めてだった。  隼珠は今まで他人と肌を重ねたことがない。伊助のところにいたときも、子分らが女郎屋へ遊びに行くのにもついていったことはなかった。置屋の芸者に言いよられたこともあったが、全くその気にならず断っていた。女と寝たいと思わない。そういう自分を不思議に感じたこともある。伊助の命令で女物の着物に(まげ)を結って踊りを教わっていたころは子分らに『おかま』と(はや)されたりもしたが、そういったものになりたいと思ったこともなかった。  なのに、今、この人に触られて、どうして肌が粟立つように反応するのだろう。他人に触られるのになれていないせいなのか。 「左腕がうまく使えねえから、他の場所に不自然に力が入っちまうんだな。肩がひどくこっている」  ぐいぐいともまれて、隼珠は目を瞬かせた。  確かに言われた通りで、肩はいつも張っている。一日の終わりには、こりがひどくて腕が持ちあがらないほどだ。 「ちょっと待ってろ」  迅鷹は立ちあがると、床の間においてある長脇差の横の棚から、ガラス製の軟膏入れを取りだした。 「舶来品の薬だ。効くかどうか試してみよう」  隼珠が伏せている横で座り直し、中の練り薬を指先にすくう。爽やかな匂いが鼻をついた。 「いい匂いだろう。ハッカってやつさ」  それが肩に塗りこまれる。薬が広げられたところからすうっと熱が引いていくようだった。
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