優しい手

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「……ん」  知らず、吐息がもれていた。それが男を誘う女のもののようで慌ててしまう。隼珠は唇をぎゅっと嚙みしめた。 「気持ちいいか?」 「……」  答えらえずに肩に力をこめた。迅鷹が、ふっと笑う気配がする。こりをほぐすように手のひらでこねられると、痛いのと気持ちいいのがあわさって、なんとも言えず心地よかった。  この人は何で自分にこんなことをするんだろう。意味がわからず戸惑ってしまう。けれど聞き返すのは失礼な気がして、黙って身を任せた。 「隼珠よ」 「へい」  男の声が低くなる。 「お前、あの事件のあと、どこでどうしてきた? あんとき、お前はまだ十かそこらだったろう」 「へえ」  言われて、隼珠は事件の後のことを思いだした。焼かれた長屋の住人に炭鉱に売られそうになって診療所を飛びだし、子供の足で遠くの村まで逃げてからのことを。  あの後、隼珠は神社の境内の下や、崩れかけた廃屋などに住み着いては、畑のものを盗んで食べて暮らした。川の水を飲んで、人の家の裏口から侵入して食い物を漁ったりと、野良犬のような生活を続けた。食べるものがなくてひもじくて、道端の何かわからぬ実を食べて腹を下したときは、山の中で悶え苦しみながらひとりで泣いた。 『兄ちゃん、兄ちゃん、痛いよ、痛いよう』  隼珠の叫びに、答えてくれる者は誰もいない。淋しさと痛みに押しつぶされそうになりながら幾日も孤独に耐えた。  そうやって、たったひとりで村々を転々としながら一年ばかりすごすうちに、ぐうぜん村の博徒に拾われて一緒に悪事を働くようになった。博徒達は隼珠を子分のように使って、人を騙したりゆすったりした。隼珠はそれが悪いことだとわかっていたけれど、食い物をもらえるし他に行き場もなかったので仕方なくついていった。寝場所は土間しか与えられず、逆らえば折檻されたりしたが、人の気配がいつもそばにあるのは淋しさが紛れた。ただそれだけが救いだった。  小さな盗みで村人に捕まったとき、連れていかれたのは、その村で一家を構える博徒親分の伊助のところだった。 『このガキ、鶴伏の火事で逃げだした奴だ』  伊助の子分の中に、あの長屋の住人がいて、隼珠を見るなり怒りだした。
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