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冷たい秋雨が降っている。
数えで十の隼珠は、泥水の中にうつ伏せて倒れていた。
苔むした木の根と、枯れた松葉が頬を刺している。夕暮れどきで視界は暗い。その先で、三人の見知らぬ博徒に兄が襲われていた。
「俺が目をつけた女に手ぇだそうとしやがってぇ」
男が何度も長脇差を振りおろす。斬りつけられた兄はもう死んでいるだろう。なのに反動で、腕が生きた魚のように跳ねて――。
秋祭りの帰り道だった。
ふたりで番傘をさして歩いているところを呼びとめられ、無理矢理、雑木林へ連れこまれた。
「泉橋亭の、井口清市だな」
「……そうですが」
わけがわからず怯える兄に、蛇のような目をした男はいきなり長脇差を抜いた。
「――隼珠、逃げろ」
反射的に、兄は弟を押して逃がそうとした。しかし、幼い背に男は襲いかかった。
「ひぅ――」
「隼珠っ」
冷たい刃が肉を裂く感触が、右肩から左腕にかけて走る。瞬間、焼きごてをあてられたような痛みに、隼珠は声もなく泥の中に転がった。
「やめろ、やめてくれっ」
兄の叫びが耳をつんざく。
倒れた隼珠は、痛みで朦朧とした目で、斬り刻まれる兄を見つめた。
どうして、どうしてこんなことに。いったい何が起きているのか。なぜ自分と兄が襲われたのか。
なにもわからないまま、やがて視界が暗くなる。
「……兄ちゃん」
小さな呟きは、男らの怒声と嘲笑に紛れて消えた。
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