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『この野郎、こんどこそ売り飛ばしてやる』
隼珠の首根っこをつかまえて振り回す。ああ、今度こそ炭鉱に売られるんだと観念したところに、伊助親分が割って入った。
『おい、よさねえか。まだ子供じゃねえか』
そのとき、隼珠は数えで十一になっていた。伊助は、薄汚れた隼珠を眺めまわし、『ふうん』とひとつうなずいた。
『この子は、俺が買ってやろう。おい、借金はいくらなんだ』
長屋の住人は三百円請求した。それを百円に値切って肩代わりして、伊助は隼珠を引き取った。以後は先刻、伊助が話した通りだった。
それらのことを迅鷹に話すと、相手は「そうだったのか」とうなずいた。
「そりゃあ、ひでえ目にあったな」
労わるように肩をなで、首筋を大きな手で包まれる。その優しさに、思わず涙腺がゆるんだ。
「それで、兄貴の仇を討とうと考えたのか」
「……へい」
答えた声は、涙のせいで掠れた。
「けどな、隼珠。お前のこの腕じゃあ、仇討ちは無理だぞ」
言われて、グッと息をつめる。
「蛇定は強い。あいつがやりたい放題できるのは、あいつにかなう者がいないからだ」
それはわかっていた。わかっていて、それでも挑みたかったのだ。
瞳から涙が一筋流れる。隼珠はそれを見られまいと、顔を布団に押しつけた。迅鷹は気づいたかどうか分からなかったが、肩をもむ手はとめなかった。
「なあ、隼珠」
静かに名を呼ばれる。
「お前、白城の鷹のことは、知ってるか?」
たずねられて、顔を横に戻した。それは今自分にもみ治療をしてくれている人のはずだった。
「……親分さんの、ことでは」
「ああ。そうだ。俺のことだ。俺の噂は聞いてるか」
へい、と返事をする。鶴伏に拠点をおく白城の鷹は、この一帯を治める博徒の親分だ。鶴伏周辺には大小様々な博徒の親分がいるが、その中でも断トツに大きな縄張りを持つと聞いている。伊助の村に住んでいた隼珠でも、噂で知っていた。それを伝えると迅鷹が微笑んだ。
「白城一家は、もとは俺の死んだ親父がここから十里離れた白城村から出てきて、鶴伏に居を構えて広げたもんだ。白城は俺が作ったわけじゃねえ。俺は二代目として跡を継いだだけさ。俺の親父は人を惹きつける力があったから、慕ってよってくる博徒が多かったんだな。親父はそいつらをこの家の離れに住まわせて、仕事を与え面倒を見てやってた」
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