優しい手

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 迅鷹の手の動きは滑らかだった。とても気持ちがいい。隼珠はゆったりと身を任せながら話を聞いた。 「俺が生まれて物心ついたときにゃ、もう親父は鶴伏で一番の力を持っていた。俺の母親は若くして死んだから、俺は親父の背中を見て育った。いい男だったよ。義理と人情を大切にする任侠道を地で行く博徒だった。ちょうどその頃、鶴伏宿の西に、赤尾村出身の男が汚ねえやり口で縄張りを広げていると聞いてやりあいになったんだ。それが赤尾一家の親分、蛇定の父親だったのさ」  隼珠は黙って耳を傾けた。蛇定の名前が出て、胸によどんだ感情がわいてくる。怒りと苦しみのまざった塊だった。 「赤尾は白城の縄張りを荒して勢力を広げてきやがった。それで小競りあいや衝突が絶えなくなった。赤尾の奴らは、ゴロツキやならず者ばかりだったから、手段を選ばずにこっちに喧嘩をしかけやがったんだ。ある日、親父が宴会に呼ばれたのを知って、奴らは帰り道に待ち伏せしやがった」 「……」 「こっちは三人、向こうは十五人。不意打ちで斬りつけやがった。それでも、親父は十人斬った。最後は阿修羅の形相で、雄叫びをあげながら倒れたらしい。その、とどめを刺したのが、蛇定だと聞いている」  静かな、落ち着いた声だった。けれど、その内にははかり知れない怒りがこめられていた。 「俺が十六歳のとき。――今から十一年前だ」  迅鷹の指先が優しくなる。 「隼珠よ」  傷跡をなぞりながら話を続けた。 「俺は蛇定を討つつもりでいる。七年前、ここを離れた奴が今ごろ戻ってきたのは、赤尾の親分が最近、脳溢血で倒れたためだ。跡目のあいつは将来、赤尾の親分になるだろう。その前に、俺ぁ、あいつを討つつもりだ」  ――蛇定を討つ。  この人は蛇定に喧嘩を挑みに行くのだ。  隼珠の身体が熱を持ち、肩がぐうっと伸びあがる。連れて行って欲しい。自分も。それに、一緒に。  けれど、頭上から発せられた言葉は願いとは異なるものだった。 「だから、隼珠。お前の仇討ちは、俺に預けろ」 「え?」 「お前の分も、俺が背負って蛇定を倒してやる。奴の首を持って帰ってきてやろう」 「……」  どうして、という言葉を飲みこむ。どうして自分は一緒に行けないのか。しかしそれは分かりきったことだった。左手が十分に使えない隼珠は、連れて行っても足手まといになるだけだからだ。
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