優しい手

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「お前は高みの見物をしてりゃいい。俺の腕はあいつに負けてねえからな、きっと討ち取ってやる」  隼珠はなんと答えていいのか分からなかった。  この人が、蛇定を倒そうとしているのは理解できた。仇討ちをする理由も。でも、それに参加できないのだったら、なぜ隼珠を買ったのだろう。戦力にもならず、他の役にも立ちそうのない自分を、どうして横からさらうようなまねをしたんだろう。 「……どうして」  疑問は素直に口から出た。 「うん?」  迅鷹が、隼珠の呟きに耳をよせる。 「どうして、俺を、三百円のかわりに引き取ったんですか……」  迅鷹の手は、まだ隼珠の背の上にある。暖かな手のひらが隼珠の痛みを包むようにしている。  迅鷹は、少しの間、考えるようにした。黙りこみ、それからささやき声で答えた。 「同じ、肉親を奴に殺された仲間だったからさ」 「……」 「そういう同志が、不幸になるのは可哀想に思ったからだ」  隼珠はひとつ、ゆっくりと瞬きをした。熱を持ちだした身体をしずめるために。   ――同情なんだ。  可哀想に感じたから、救いだした。川で溺れる野良犬を助けるように。そうか。そういうことだったのか。 「ありがとうごぜえやす」  礼を言う声が震える。自分の中の孤独が、幼いころから飼いならしてきた淋しさが揺り戻される。それが外に出ないように、ぐっと腹に力をこめた。 「明日から、ここで働け。お前を子分にはできねえが、仕事はやる。蛇定を倒すまではここにいろ」 「へい」  子分にはできないとはっきり言われて、失望が広がった。兵力にならないから、白城一家の一員にもさせてもらえないのだ。  それでも、この人は自分を助けてくれた。この人がいなかったら、今頃自分は死んでいたか、狸親父に嬲りものにされていたのだ。だとしたら、恩義を感じないわけにはいかない。 「よろしくお願えしやす。親分さん」 「鷹と呼べ。お前は子分じゃない」 「へい。鷹さん」  うん、と満足げにうなずかれる。子分でなくても人は博徒の頭を親分さんと呼ぶものだが、この人はそれを拒否した。名前呼びは気安すぎる気がしたけれど命じられたのなら従う他ない。そのまま指圧を続けられ、隼珠は、そういえば仕置きはどうなったのだろうと不思議に思った。  たずねようとしつつも、治療の気持ちよさにうっとりとしているうち、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
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