仲間

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「お待たせいたしました。これがお返事です。どうか、親分さんにはよろしくお伝え下さい」  十分ほどして、手紙を手にした主人が戻って来た。受け取り、挨拶をしようとしたらさっきの女性が奥から出てきて、手をつけなかった饅頭を懐紙で包んで持たせてくれた。きっと、隼珠が饅頭をじいっと見つめていたせいだろう。  礼もそこそこに、隼珠は店を後にした。どうしてか顔が赤くなり、胸がムズムズ落ち着かない。それを振り切るように、力いっぱい駆けだした。 詰所に戻ると迅鷹は図面とにらめっこをしていた。隼珠に気づくと、 「早かったな」  と驚く。受け取った返事を読んで、満足そうにうなずいた。 「なら次はこれだ。さっきより遠いぞ」 「へい」  亮にまた場所を教えてもらって走りだす。足はかるく、いくらでも、地の果てまでも駆けて行けそうな気がした。風を切って河原を抜け、田圃の畦道を通って街中を走り、隼珠は結局、昼飯をはさんでその日は五件の使いをこなした。途中の二件は口頭で返事をもらったが、それもキチンと伝えると、迅鷹に「よくやった」と褒められた。  最後の仕事を終えて、土手に着いたとき、陽は西の山に沈みかけていた。  川面に夕日が反射して、橙色に煌めいている。それを眺めながら歩いていたら、腹が減っていることに気がついた。そういえば一日中走り通しだった。  取っておいた饅頭を袂から取りだしてかぶりつく。甘くて上品な味がした。ずっと昔、兄の清市が勤め先の料亭からお下がりでもらってきた薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)と似た味だった。  ふと、昔のことを思いだす。兄とふたりきり、貧しくとも小さな幸せの中で暮らしていたことを。  あの祭りの日までは、その幸せがずっと続くと信じていた。ずっと、永遠に。  いつのまにか、隼珠は食べながら泣いていた。涙がほろほろとこぼれて、甘い饅頭にしょっぱさがまざった。にじんだ瞳に、水面の光がしみて痛い。袖でしずくを拭って、隼珠は饅頭を口に押しこんだ。 「……兄ちゃん」  とまらぬ涙の向こうに、建設現場が見えてくる。迅鷹のいる詰所も見える。  ――隼珠。いい縁ができて、よかったな。  遠くから、兄の声が聞こえた気がした。
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