愛撫

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 詰所に入ると、迅鷹は接客中だった。  五十すぎの夫婦とみられる客が、机の前に立った迅鷹にしきりに頭をさげている。 「どうかよろしくお願いいたします。もう、親分さんしか頼れる人がいないんです。無事に収めることができれば、お礼はなんでもいたします」  ふたりとも憔悴しきった顔をしていた。隼珠が離れた場所からそれを見ていると、知らぬ間に隣に源吉が来ていた。 「ありゃあ、柳通りの金物屋の夫婦や」 「金物屋?」 「ああ。一週間ほど前に、あそこの息子が川向うの貸座敷で赤尾の子分に絡まれて、怪我を負わされたんや。向こうも怪我したと言って治療費を請求しとる。毎日のように店の前に来て嫌がらせをされて困っとるんや」  迅鷹が話を聞いた後、どうやって対処したらいいのかを説明している。迅鷹は博徒であるのに、夫婦の顔には彼に対する信頼があった。 「ああいった相談が、うちの親分とこにはいくつも持ちこまれる。喧嘩の仲裁や、他にももめ事の解決の仕方やら。仕事以外にやることが多くて、だから親分はいつも大忙しや」 「へえ……。そうなんですか」  博徒の親分は全国に数知れずいるが、そのすべてが悪党という訳ではない。起業して地域のために働き、警察の手の届かない民事の問題の仲立ちをする親分もいる。そのまま推されて議員になる博徒もいるし、死ぬまで一度も喧嘩をせずにすごす穏やかな博徒親分もいると聞く。迅鷹は、そういう類の信頼できる親分らしかった。  夫婦はしばらく迅鷹と話していたが、やがて挨拶をして帰っていった。 「川向うは、蛇定が戻ってからひどく物騒になってるな」  客がいなくなった部屋で、迅鷹が亮と話をしている。 「夜は表通りも、まともに歩けないそうです」 「ひでえ話だ」  憎々し気に顔をしかめあう。
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