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◇◇◇
川辺で鴫が、水面をつつき餌を探している。
隼珠は使いの帰りに、ススキが淡くゆれる土手を歩きながら、茶色いしまがらの渡り鳥が群れつどう姿を眺めた。秋がもう、終わろうとしている。
隼珠が白城組に来て、一か月がたっていた。
土手の向こうに、白城の現場が見える。今日は工事間近の堤の見学のため、客が訪れていた。市長や街の顔役、取引先の商人らが敷地を歩き回っているのが遠目にうかがえる。その中心に、職人姿の迅鷹がいた。背が高く男振りもよいので、離れていてもよく目立つ。隼珠はその姿に、誇らしさを感じた。
あの人が、自分にとって一番、大切な人だ。
信頼できて懐が深くて、義理と人情にあつい、あの親分が。
ここのところずっと、隼珠は迅鷹を見るたびに鼓動が早くなる。目があうとドキドキして頬が熱くなる。
毎夜の寝床での指圧に、そのあとの添い寝。迅鷹は隼珠を抱きしめて眠ると寝心地がいいという。だから相変わらず、隼珠は自分の部屋も布団も与えられていない。按摩で男のものを膨らませてしまわないように、気を張るのもいつものことだ。
けれど迅鷹の按摩は、今まで隼珠が受けたどんな治療よりよく効いた。頑固な痛みは鍼も灸も、有名な神社のお札も効果がなかったのに、迅鷹の手にだけは従順にほぐされる。不思議なことだった。
「やあ、隼珠。ご苦労さん」
詰所に入り、持ち帰った手紙を亮に渡すと「使いはもういいから、今日は外を手伝ってくれ」と言われて詰所を出た。
少し離れたところに、客と迅鷹がいる。偉そうにふんぞり返る羽織袴の老人や洋装の紳士たちを相手に話をしている姿を横目で見つつ、仕事を探しに行こうかとしたら、後ろからグイッと腕をつかまれた。
びっくりして振り返ると、男が立っていた。
「こんなところでなにをしている」
ピンと張ったカイゼル髭に、ボタンの弾けそうな太った洋服姿。男は、以前、隼珠を買おうとした社長の沢口だった。
「沢口さん……」
眉間に肉太い皺をよせて、沢口は隼珠をジロジロと眺めてきた。
「髪を切ったのか。あの、わたしの好きだったきれいな長い髪を」
出し抜けに大きな声で責められ戸惑う。どうして、この人がここにいるのか。
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