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◇◇◇
数日後、隼珠が通いの道場から屋敷へ戻ると、門のそばで少年がひとり石を蹴って遊んでいた。
隼珠を見つけて、さっと近くに駆けてくる。
少年は折りたたんだ紙片を隼珠に渡した。ひらくと『今夜』と書かれている。
「わかった、いつもありがとうと伝えてくれ」
懐から一銭銅貨を二枚取りだして渡す。少年はニコッと笑って帰っていった。
隼珠の小遣いは子分らとのサイコロで得たものだ。衣食住は白城から与えられている。それ以外は自分の腕で稼いでいた。
夜になってから、ひとりでこっそり屋敷を抜けだす。行先は誰にも告げずに。今日は迅鷹が外出していていない。ちょうどよかった。
夜道をひたひたと進んでいき、久師川へ出ると、船頭に頼んで川を渡してもらった。
川の反対側は赤尾の縄張りだった。そうして昔、隼珠の住んでいた長屋のあった場所でもあった。
宿屋や茶屋が連なる通りに着くと、『泉橋』と書かれた大きな提灯の掲げられた料亭を目指す。その裏口にまわり、中に声をかけた。程なくしてひとりの料理人が出てきた。
「来てるぜ」
隼珠が礼を言うと、料理人はいつものように隼珠を建物の奥にある納戸へこっそり通してくれた。納戸の中には小さな隠し戸があって、あけると急な階段がついている。なれた足取りで階段をのぼり、二階のせまい空間に足音を忍ばせて入った。
そこは隠し部屋だった。維新の混乱のころに作られたものだと聞いている。
この料亭は、以前、兄の清市が働いていた店だった。清市の死後、隼珠が蛇定に仇討ちをしたがっているのを兄の同僚だった料理人が知って、協力してくれることになったのだった。
この店は赤尾一家がよく利用する。だから兄も事件に巻きこまれたのだが、隠し部屋があることを赤尾は知らない。隼珠は壁にそっと顔を近づけた。
壁には小さな穴がいくつかあいていた。そこから明かりがもれている。
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