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隣は六畳の座敷になっていて、こちらの部屋との間の塗り壁には寄木細工の模様が組みこまれていた。その隙間にわからぬように穴が作られている。こちら側からは座敷の様子がよく見え、穴の数が多いので声も明瞭に届くのだった。
部屋には赤尾の蛇定と、三人の子分がいた。
隼珠は息をつめて隣室をうかがった。音を立てるとバレてしまう。緊張しながら穴をのぞいて耳をすませた。
「うちの親分はもう長くは持つまいな」
上座に座った蛇定が子分らに言う。四人は酒を飲み、料理を食べつつ話をしていた。
「卒中で倒れて以来、寝たきりっすからね」
男たちはぼやくように会話をしていた。
「だったら、定吉さんが跡を継ぐのも時間の問題ですか」
定吉とは、蛇定のことだ。どうやら跡目のことが話題になっているらしい。
生白い顔に細い目の蛇定は、鷹揚な笑みを浮かべた。
「俺の代になったら、赤尾を鶴伏一の博徒一家にしてやるぜ」
「だったら、まず、白城を潰さねえとです」
蛇定の盃に酒を注ぎながら、子分のひとりが言う。
「その白城の飯場は、ほぼ完成したようっすね」
もうひとりが飯場の話題を口にした。
白城の話に移って、隼珠は身を固くした。じっと神経を集中して聞きもらすまいとする。
「ああ、そうやなぁ。工事が始まる前に、あそこは潰してやらにゃならん」
蛇定が酒を飲みほし唸る。蛇の鳴き声のようなガラガラ声だった。
「堤防工事は大きな仕事や。あれが取れんかったのは痛かった。白城の鷹め、役人の受けがいいからっていい気になりやがって。あいつは絶対、俺の手で斬ってやる」
隼珠は息を飲んだ。
――こいつら、白城を襲うつもりだ。
蛇定は迅鷹を殺して、縄張りを奪おうと企んでいる。
隼珠はぴったりと壁に身を押しつけた。目と耳を懸命に研ぎ澄ます。
話を聞くのに熱中して背後を疎かにしていたら、ふいに人の気配を感じた。いつの間にか近くに誰かがいる。真っ暗な部屋の中に、それより黒い人影があった。
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