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「そんときに、あん人が、『自分が白城を立て直す』と言い切ったんや。まだ十六の坊が。白城を背負って立つと宣言した」
源吉の目が昔を思いだすように細められる。その表情は懐しんでいるわけではなく、迅鷹の運命を哀しんでいるかのようだった。
「それからは人が変わったように、あん人は冷酷になった。白城に喧嘩を仕かける者は容赦なく叩きのめして、ときには自分も斬られたり骨を折るほどの大怪我を負いながらも白城を支えた。鶴伏宿で一番の博徒となるために、理不尽な相手にも挑んで、勝つために非情な手段もいとわず闘った。二十歳になるまでには、白城の鷹は、鶴伏でも名の知れた博徒となった」
そう言うと、源吉は言葉を途切れさせた。
「けど、それもこれも全部、赤尾の蛇定とやりあうためだったんやな。あいつを倒すために、負けないほどに強い自分というものを作りあげっていってたんや」
「……」
隼珠の知らない迅鷹の過去。思慮深く勉学に優れた子供が、博徒になろうとする決意とは一体どういうものだったのだろう。父親が惨殺されて、子分らが残されて、自分も次に殺されるかもしれないと思いながら逃げもせず、立ち向かう道を選んだ心境は、どれ程の修羅だったのだろうか。
「まあ、今は、色々あって落ち着いて、冷血なだけでない、いい親分に変わってくれたが」
言いながら源吉は大きくため息をついた。
「そんでも、頼られる親分というもんは、それだけ他人のために働かなきゃならんわけよ。そうでなけりゃあ、信頼も得られん。自分の縄張りを守るためには、身を挺して闘ってこその、大親分ってえもんやからな」
そこまで言うと、源吉は湯を手ですくって顔を洗った。ううむ、と唸って目をとじる。
「あの親分の肩には、沢山の責任がのっかっとる」
白い湯気のふわりとのぼって消えゆくさまは、命のはかなさを連想させた。
「それに耐えながら、あん人は足を踏ん張っとるんじゃな。強く見せようと意地を張るのも、あん人の任侠道なんや」
隼珠は窓の向こうの夜空を見あげた。今日も星が出ている。
迅鷹の想いと、背負った過去と現実と。
昨夜の『死ぬのが怖い』と言ったささやきと。
「子供のころからよう知っとるが、昔は優しくて物静かな坊やったな……」
源吉が遠くをのぞむ目をする。
隼珠も見知らぬ子供の哀しさに触れたような気がして胸が痛んだ。
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