二、 綾

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 こんなことがあっていいはずがない。しかし心とは裏腹に、綾を求めてしまうのだ。失いたくないと願ってしまうのだ。とてつもなく愚かで浅ましい。それでも。 「狂ってやるよ。愛のためなら、君のためなら、俺はそれでもかまわない」 「狂う……?」  艶やかに妖しく笑む蒼汰を、綾はじっと見つめる。 「浮世なんて、とっくに狂っているさ。そんな狂った世の中で、皆平気なふりして、平気な顔して生きてんだ」  蒼汰の後ろでまた一つ、花火が上がった。 「人の生なんてあっという間だ。狂いながら生きたって、滴が落ちるほんのいっときさ。ま、死んだら確実に地獄行きだろうけどな」  蒼汰はにっと笑うと、綾に手を差し伸べた。 「もし俺と狂うってんなら、この手を取りな」  綾は唇をきつく引き結んでいたが、やがて決意したように蒼汰の手に手を重ねた。  蒼汰はしっかりと握る。 「江戸を出よう。大丈夫、世渡りは得意なんだ」 「うん……!」  はっきりと綾はうなずき、瞳を上げる。 「私は……もう正気には戻れない。蒼汰さんと一緒なら、狂い続けてもかまわない……!」 「上等だ」  蒼汰は重い秘密を感じさせないほど軽やかに、綾の手を引いた。笑みさえ浮かべてみせる。  その裏に決して消えることのない、罪を隠して。  綾は梓を殺した。  それでもどうしようもなく綾が愛しい。真実を知ってもなお燃え上がるのだ。  人から外れた道だろうが、茨の道だろうがかまわない。この手を決して離さない。 「理解されなくとも、世の中を敵にまわしてもいい。綾、君のためならば俺は、どこまででも狂ってやるよ」  夜空に炸裂して消えていく花火。  残光がゆく道を照らし、二人の影を色濃く落とした。 (了)
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