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「俺の本当の役目は、このことだったんだろうな」
青年のその言葉に、隣に立っていた〈彼〉は怪訝そうな顔をした。
この青年は時々、こんな風に妙なことを口にする。
そんな時、青年の瞳はまるで、とても遠くを見ているように感じられるのだ。
だからだろうか。
〈彼〉は時折、自分のほうが青年よりも一歳年上であることを、思わず忘れそうになることがあった。
〈彼〉の手の中には、つい先程、青年から渡された海色のピアスの片割れがある。
それは、青年が常に左耳につけていた物で、青年にとっては本当に大切なもののはずだった。
そんな大切なものを自分がもらっていいのかと尋ねた〈彼〉に対し、青年は穏やかに笑って答えた。
自分にはもう一つあるからいいのだ、と。
「役目って、何のこと?」
〈彼〉の素直な疑問に答えることなく、青年は逆に〈彼〉に問い掛けた。
「そのピアスから、何を感じる?」
突然のことに戸惑いつつも、〈彼〉はじっとピアスを見つめた。
どれ程の時が経っただろうか。
〈彼〉は、不意に海色の向こうに淡い紫色の花が見えた気がした。
「花……?」
〈彼〉の呟きに、青年は満足そうに笑って言った。
「そう。花言葉は“沈静”」
青年は、そこで一旦言葉を区切り瞑目した。
しばらくして顔を上げた青年は、〈彼〉の瞳をしっかりと見て再び口を開いた。
「そして、その花の名は――――」
その時、青年が口にした花の名前は、〈彼〉の心に深く刻み込まれた。
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