贄の食卓

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     ◇  土色になった泡をすすぎ落すと、その下に現れたものは柔らかな赤毛だった。他人の髪を洗う立場になるなんて、二十年前だったら考えもしなかったが、その対象が恋人なら話は別物だ。ティモシー・マクグラスは絡まりやすい彼の髪をほぐしながら、丁寧に乾かしていく。肩よりも長い彼の髪は毛先が荒れていて、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。今が切り時だろう。ティモシーは恋人を寝室へ運び、ベッドの上に横たわらせる。彼は起きてはいるが意識はどこかへ飛び去ってしまった。すっかり抜け殻のようになってしまったけど、彼の存在を常に感じられるだけでティモシーは幸せだった。 「ちょうどいい機会だ。君の髭も剃り落そう。そのほうが君にずっと似合うと思う」  独り言が増えたのは歳のせいだろうか。そんな自分の変化にもティモシーは笑えるようになった。孤独に耐えていた二十年間が嘘のように、今のティモシーは薔薇のように優美で色鮮やかな毎日を過ごしていた。  彼の髪をあの頃のように短く切り、顔の半分を覆っていた髭を剃り落とす。 「ああ、ヴィンセント。僕の愛するヴィンセント・ラッセルが戻ってきた……」  ようやく手に入れた愛しい人を、ティモシーは宝物のように扱い、かたときも放そうとはしなかった。
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