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「本当にいいのですか。私はあなたに不似合いの男なのですよ」
「ラッセルさん。あなたは特別な人だ。この食卓に着く意味がある」
「は、はあ……」
「さあ、シチューをひとくち。時間をかけて柔らかく煮こんだ肉に芳醇なワインがよく染みていて美味しいですよ」
主人は自らスプーンを手にシチューをすくい、戸惑い顔のヴィンセントの口元に運ぶ。ヴィンセントは固まった。鼻をつく匂いは求めていた美食とまったくかけ離れていたのである。ワインや香料で隠してあるとはいえ、その奥に潜む生臭さは誤魔化しきれていない。無意識のうちにヴィンセントは鼻を覆っていたが、その些細な動作が主人の癪に障ったらしい。
「ラッセルさん、マナーがなっていない。主人のもてなしを受け入れられないと?」
「ちっ、違うのです。私は――」
「食べてくださいますよね。僕があなたのために用意した特別なディナーなのです。さあ、召し上がれ」
主人は皿の中をぐるぐるとかき混ぜ、ひときわ大きな肉の塊をすくい上げた。たしかに美味しそうに煮こまれているが、所見の生臭さが災いし、どうしても口に運ぶことができない。しかし主人はヴィンセントの迷いを見抜き、そのうえでスプーンを押しつけてくる。ヴィンセントに拒むという選択肢は残されていなかった。おそるおそる口を開けると、主人は優しくも強引な力で煮こまれた肉の塊を押しこんだ。ヴィンセントは舌に乗せられたそれをなるべく咀嚼しないように飲みこもうとしたが、のどの奥から生理的嫌悪感がこみ上げてくる。吐き気をこらえるためにヴィンセントは固く奥歯を噛みしめた。それがいけなかった。煮こみ肉にふさわしくないゴリっとした食感がしたのである。吐き出すよりも飲みこんでしまおうと努力するも、ごりごり、ごりごりとした不快な食感には勝てず、ナプキンの中に吐き出してしまった。何を食べたんだ。これは肉なんかじゃあない。ヴィンセントはナプキンの中を覗きこみ、それが何かを認識した途端、絶叫した。シチューの具材として使用された肉の正体は――人間の指先だったのである。
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