贄の食卓

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「ヴィンセント……」  ぞわりと悪寒が走り、ヴィンセントは彼の手を振り払おうとしたが、ある違和感がその行為を押しとどめた。 「どうして、私の名を――」  招待したのだから知っていて当然だろうが、それだけの理由で片づけられないほどの引っかかりをヴィンセントは感じた。その答えは見上げた先にあった。 「――ティモシー……あなたはもしかしてティモシー・マクグラスなのですか?」 「昔はそんな呼び名じゃあなかっただろう。ねえ、ヴィンセント。僕は誰?」 「……ティム」  彼の名を口にするのは実に二十年ぶりのことだった。ティモシー・マクグラス。かつて親友だった男。そして二度と会えないと思い、その存在を忘れようとした男。ヴィンセントが生まれるずっと昔からラッセル家とマクグラス家は家族ぐるみの付き合いがあり、それは彼らの息子が生まれても継続された。幼少期の記憶からティムと別れた二十年前まで、彼との思い出が走馬灯のように駆け巡り、気づけばヴィンセントは大粒の涙を流していた。 「泣くほど僕に会いたかったのかい?」  ティムは絵になるほど優美なしぐさでチーフを取り出し、ヴィンセントの涙を拭った。彼はただされるがままだった。奇妙な悪夢はいまだにヴィンセントを縛りつける。どうしても受け入れがたい事実がヴィンセントを苦しめた。 「さあ僕の手を取って。立つのだ、ヴィンセント。いつまでも泣かないでくれたまえ」 「ティム……私にはどうしてもわからないことがあるのだ。どうか答えてくれ」 「いいよ。何でも聞いてくれ。でもその前にディナーの続きを」 「違う。違うよ、待ってくれ……」  ヴィンセントが抵抗するとティムは穏やかに微笑んだが、絶対的に抗えない力で彼を立ち上がらせ、有無を言わせずに晩餐会の席に連れ戻した。そこには指先入りのシチューがそのままにされていた。吐き気をもよおしたヴィンセントを気遣う素振りを見せたティムに、彼はきつくあたった。 「私に構わないでくれ、ティム! ああもう、まったく、君はどうして……どうして――」  その先を言うのははばかられたが、当のティムが視線でうながした。 「――君はどうして歳を取らないのだ?」  薔薇屋敷の主人として現れたティモシー・マクグラスはヴィンセントの記憶が正しければ、最後に会った二十年前の若く美しい姿から時が止まっていたのである。
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