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この数日、一人ではトイレに行くのさえ避けていた。販促課の扉が開くたびドキリとした。
誰かと一緒の時にすれ違うことはあったが、いつも余所を向いて通り過ぎた。
いつまでもそうしていられるとは思っていなかったけれど、そうして時を過ごせば徐々に、“知らない者同士”になってゆけるかもしれないと・・・・。
けれど此処はオフィスで私は社員だ。同じフロアに居てこれでは、返っていつまでも過去を引きずってることになって良くないのだろうか。
ちゃんと社会人らしく、普通に同僚として・・・・
私はゆっくり息を吸いこみ、視線を上げて彼の目を見た。
「鈴香」
「・・・・・・。」
そしてまた視線を落とす。
情けない。
あれから7年も経っているのに。
――“良隆くん。”
私は瞼の裏に優しい面影を映し、胸の奥で呼びかけ“彼”に助けを求めた。
そして背筋を伸ばし、もう一度息を吸い込んで仕事用の声を出す。
「すみません、昼休みで誰も居ないんですが、何かご用でしょうか」
微妙に視線を逸らせながら営業用の笑みをうかべ彼に尋ねた。
「・・・・いや、この前金崎さんからお借りしていた資料を返そうと、」
彼が差し出したのは営業2課の業務内容を纏めた資料。
即席で綴じたものだから、ファイルの表紙には私の手書きで『営業2課2010年~』と書いてある。
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