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  『おお、速水くん』 『明けましておめでとうございます』 年始の休み明けがこんなに嬉しいのは初めてだな、と思いながら出社した朝。顔見知りと新年の挨拶を交わしつつ5階に着くと、鈴香が休憩室の方向からやってくるのが見えた。 俺を見つけて「あ、」という顔をしたが、すぐに微笑んで近づいて来る。 『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』 『おめでとう。こちらこそよろしくお願いします』 ああ、すがすがしい。 彼女の後についてオフィスの扉をくぐりつつ、ほのかに甘いシャンプーの香りを密かに、しかし深く吸い込んだ。 『あ。課長、お早うございますー』 そこへ水口課長が通りかかり、鈴香がくだけた感じで声を掛けた。 『明けましておめでとうございます。今年もご指導のほどよろしくお願いいたします』 俺は姿勢を正して挨拶を述べながら、ああ鈴香はもう新年の挨拶はとうに済ませているんだなと気づく。 親戚のお兄ちゃんだから、と納得しつつも羨ましい。 年末にインフルエンザで休んでいた友谷という社員も出社していて、俺と鈴香を見て立ち上がり「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。 『いえいえっ、友谷さんにはいつもお世話になってますから!』 『いや、けど休まれて実は、友谷さんのありがたさを実感しましたよ』 鈴香と俺が口々に言うと、彼女は照れたように笑い、「貰い物のお裾分けですけど」と言いつつ外国の菓子をひと包み鈴香に渡し、周りの社員にも配っていった。 『翔真さん、今日は早いですね』 12時。年始回りに向かう前に腹ごしらえをして来いと言われ社食で食べていると、恭人が3課の男性社員と一緒にトレーを持ってテーブルに来た。 3課の男性も午後は年始回りだそうで、向かう先のリストを見せてくれた。2課と3課で分担を決められたもので、似たようなのが俺の鞄にも入っている。 『長谷川さんも向井課長と回るんですって』 なぜか声を落として恭人が俺に言う。販促課に移った恭人は年始回りをしないのだが、 『立石がまだ3課に居たら課長に引き回されていただろうなぁ。イケメンだから』 と3課の男性が笑い、続けて言った。 『長谷川は美人を鼻に掛けないし「自分の顔が好きじゃない」とか言ってるけどな。「使えるもんは使ってくれ」って、年始回りの時は担当じゃない会社も行ってくれるんだ』 ―― まあ都合良く課長に使われてるとも言えるが。 そう口には出さず飯を食っていると、珍しく不満げな恭人が隣で溜息をついた。 『「使えるもん」って、どこまでですか?』 どうやら、どこかの社長が彼女を見初めたりしたら向井課長に売らるんじゃないかと心配らしい。
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