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  社用車にノベルティグッズ入りの紙袋を積んで、相棒のマルさんと病院やクリニック、薬局をまわった。 『いやぁ速水は要領が良いなぁ』 『そうですか?』 『今日だけで結構回れた。良いよなお前、ツラだけじゃなく声が良いから。インパクトある』 『ありがとうございます。マルさんのニュースレターも反応良かったですね』 『正月明けはどこも患者が多いから長々と挨拶してたら迷惑になるからな。けどせっかく来たんだから印象は残したい』 それでマルさんが作ったニュースレターを俺が和風柄の用紙に印刷し、グッズと一緒に配った。挨拶の文言と最新の情報を少々、絵の得意な社員が描いた癒やし系のイラスト付きだ。 愛想良く名刺も渡し、女性の看護師や薬剤師にはニッコリ笑顔多め。長谷川に倣って使えるものは使うことにした。 『名刺にプライベートの連絡先書いて渡したりしなかったのか?』 『それマルさんでしょ? 聞きましたよ、奥さんとの馴れ初め』 最後のクリニックの院長が女性で看護師長も話し好きだったため長引いて。疲れた表情筋をぐりぐり手の甲で押しながら冷え切った車に戻り、 会社へ帰り着いたのは8時半頃だった。 『ああ、お疲れ様』 2課のオフィスに入ると、デスク前で立っていた水口課長が迎えてくれた。手にした本らしきものをそっと机の脇に置いている。 マルさんが報告をしている間にちらりと見ると、題名がカタカナで書かれた小説のようだった。彼も年始回りだったからその途中で買ったのか、書店の袋の上に重ねてある。 「じゃお先に」とマルさんが帰ってゆくと、 『速水くん』 課長が先ほどの本を掲げて俺に見せた。 『ちょっと、自慢させてくれる? ・・・・これ、良隆が関わった本なんだ』 え、と立ち上がって彼のデスクに寄ると、机に置いた本の巻末をゆっくり開いて見せてくれる。 『良隆が途中まで翻訳していた小説でね。途中で力尽きたんだけど・・・。あいつの指導をしてくれてた教授が退官されたあと「もったいないから」と仕上げてくださって、共訳という形で・・・・・・最近出版されたんだ』 『うわ、』 思わず声が出た。 最後の白い紙の下の方、作者と発行社の名前に挟まって「水口良隆」の名前が、確かに活字になっていたからだ。 『そういう話になってると親父から聞いてはいた。実家には教授からも送って頂いてるそうなんだが、・・・今日書店で見かけたからこれ、買ってしまった』 そう言って課長が大切そうに頁をめくると、教授によるらしい「あとがき」の最後が俺の目を引いた。 「――― 水口良隆君に捧ぐ」
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