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しばらくすると鈴香達が戻ってきて珈琲を配ってくれた。カフェイン抜きもあったらしく、華さんも一口飲んで満足そうに口の端を上げる。
『奥様、順調そうですね』
『ありがとう。“華”で良いわよ。悪阻は軽い方らしくて助かってるわ。圭介も鈴香も過保護にしてくれるんだけど』
『父親になるってのに俺には何も無くて、もどかしいんだよな』
苦笑いで珈琲を啜る水口課長に
「圭介さん、イクメンになりそう」と鈴香がこぼれるように笑う。
『俺の友人に今度2人目が出来た奴が居るんですけどね。しっかり親バカですよ』
『上のお子さん、お嬢ちゃんなの?』
『いや男の子。けど写真撮っては送ってくれます』
『独身の友人にか。相当だな』
祐介らしいと言えばらしいのだが。
独身を謳歌している野郎どもの中には、ウザいと思う奴も居るだろうから
「他の奴には止めておけ」と言ってある。
『じゃあまた来るよ。お大事に』
珈琲を飲み終わると、水口夫妻は鈴香を残して帰って行った。
『鈴香』
扉が閉まった途端、俺は愛しい名前を呼ぶ。彼女は振り返るとはにかんだような微笑みを浮かべ、空になったカップを受け取りに来てくれた。
『ありがとう、ご馳走様』
『先輩、手は動きますか?』
『うん。昨日は痺れてたけどもう良くなった』
手首の上の包帯は湿布だけだ。打って痣になっているがたいしたことは無い。
『ごめんなさい、私、』
『謝らないでって』
『私・・・・・・すごく怖かったです。救急車で運ばれて、検査して、手術になるってお医者様が言った時、・・・・もう目覚めてくれないんじゃないかって、すごく怖かった』
鈴香が俺の傍でしゃがみ込むから「椅子持ってきて此処に座って」と促した。彼女は素直に椅子を引き寄せ、出来るだけ俺の頭の近くに座ると、ベッドに揃えた両手を掛けて頭を垂れる。
『先輩が痛い思いをしてるのに、私・・・・自分が失うことが怖かったんです。ごめんなさい』
『失う? 俺を?』
『自分勝手でごめんなさい』
『鈴香・・・・・俺が居なくなったら嫌?』
『嫌です』
『困る?』
『こ、困ります・・・・・・嫌です。ごめんなさい』
鈴香の声が涙声になって、俺の方が困る。しまった、体が動かしづらくて、ティッシュを取ってやれない。
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