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2年間という限られた出向期間中に長期の傷病休暇で、原因となった私はとても気に病んでいたのだが。
「在籍出向だから、俺たちの給与はセブン・シーズから出てるんだ。残業代や休日出勤の手当はアズミの規定に従うことになってるけどね」
アズミにとってはプラスアルファの人員だから、特に代理の社員は必要で無いということらしい。確かに人員交流とは言えアズミのMRは減っていなかった。あちらに行ったのは主に企画と研究職の人達だ。
「セブン・シーズに来てるアズミの社員が、社内規定に不満を募らせてないと良いんだが」
「アズミも研究職の方には社畜っぽい人居ますからね」
「社畜っつうより、のめり込むんだろ。俺の父親も研究室に泊まり込んだりしてたからな」
「そう言えば先輩のお父様はセブン・シーズとは無関係なんですね」
「七海の叔父は自分に気を遣ったんだと思ってるけどね。あれは研究がしたくて会社に入らなかっただけ。前身の“七海屋”は地元の薬局を合併して“セブン・シーズ”になったけど、製薬には手をつけなかったからね。
それより、もっとこっちに座って」
椅子の位置に文句を言われ、ベッドにくっついて座ると『手』と要求される。片手をベッドに置くと上から大きな手が重なった。この甘々な先輩は8年前より子供っぽい気がして、
「先輩?」
と目で窘めてみるも
「ごめん、はしゃいでる自覚はあるけどそのうち落ち着くから」
しらっと返された。本人は涼しい顔で空いている方の手でタブレットを操作し、画面を私にも見せてくる。
「幾つか検索してみたんだけど。こういうのはどう?」
「ちょ、先輩。気が早いです!」
結婚式場のサイトらしい。画面の上に並んでいるタブは、おそらく全部。
「でも七海の伯母が、退院したら見学に回れるように見繕っておけば良いって」
「伯母様が?」
七海の社長夫妻には先日病室でお会いしたところだ。私が事故のことを謝ると、社長夫人が下げた私の顔を下から覗き込むようにして「顔を上げてください、ね?」と話しかけてきた。
そして、8年前のあの日のことを聞かされて。私はあの別れの日、先輩のマンションの玄関に置かれていた靴の持ち主が沙綾さんではなく伯母様だったと知った。
『失礼だけど、翔真があなたにそこまで惚れ込んでいたとは知らなくて。本当に2人には申し訳ない事をしました』と
逆に頭を下げられ、わたわたする私の代わりに先輩が
『伯母さん、もう良いんだよ。俺たちのそれぞれの8年間にも大きな意味はあったんだ。だから伯母さんが謝ることは無いって』
そう優しい声で言った。
私の8年の意味は勿論、良隆くんと過ごせたことだ。
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