14902人が本棚に入れています
本棚に追加
「・・・・昔貰ったヤツは、食べられなかった・・・・」
2月14日。8年前の今日、私達は別れたのだ。
私には良隆くんが現れてくれたけれど、この人は毎年この日に苦い思いをしてきたのかも知れない。
「さ、食べてください。志保には好評でしたよ?」
少し沈んだ空気を払うように明るい声でそう言うと、
「長谷川も食ったのか」
一瞬がっかりした声になって、少し笑った。
それでもフォークで大きめにすくい取った塊を口に運んだ翔真さんは、もぐもぐしながら嬉しそうに瞳を細める。
「どうですか?」
「幸せだ」
味を聞いたのに。
「最高。甘さ加減も口当たりも」
そう言って蕩けそうな顔で再びフォークを動かす姿に満足して、浮いていた腰を落とした。
「鈴香の分は?」
「味見はしましたけど、これはプレゼントですから」
「はい、」
珈琲カップを口に運ぼうとした私に、翔真さんがケーキの刺さったフォークを突き出す。
「ほら、落ちるよ」
「わわっ、」
本当に抜け落ちそうになった黒っぽい塊に、妙な姿勢でぱくりと食らいついた。
「んんっ、――んふふ、美味しい」
「ハハッ、」
自分で作っておいてなんだが、ほろ苦さと甘さとが絶妙なバランスでカカオのコク、香りも言うこと無し。
材料のチョコレートを奮発して良かった、とほくほく喜んでいると、
「これから毎年、貰える」
私よりもうきうきした声が聞こえてきた。
「手作りでなくても良いから。こうやって一緒に食べられるのが良いな」
“これから毎年”――か。
そんな約束が可能なことが未だに信じられない気持ちが、ぷくんと泡のように浮かび上がる。
「鈴香?」
「・・・・じゃあホワイトデーも、一緒に食べられるデザート、用意してくださいね?」
「よし、楽しみにしておいて。手作りは無理だけど」
上機嫌でもう一口ケーキを頬張る可愛い人。入院してから髪を切ってないから、下ろした前髪が少々重たい。
それはそれで今時の芸能人っぽくて色気倍増なんだけれど。
「それと、鈴香。土曜の昼から出かけられる?」
そう言ってまたケーキを私に食べさせながら、翔真さんはさらりと提案した。
「タクシー呼ぶから、指輪、見に行こう」
最初のコメントを投稿しよう!