<23>

26/39
前へ
/1062ページ
次へ
翔真さんが選んだお店は、誰もが知るような超有名ブランドの店ではなかった。だからといって例えば私のようなOLが仕事帰りにふらっと立ち寄れるような店構えでもない。 そんな場所で松葉杖をついたお客は珍しいのかも知れないが、自動扉をくぐった時から翔真さんは店中の目を引いていた。そして女性店員はやはり、彼の顔を見て瞬きを多くした。 「婚約指輪を作りたいのですが・・・・実は、」 翔真さんがその店を選んだ理由は、『外さないで』と言われている右手薬指の指輪―――良隆くんのくれたソレを着けたままでもバランスが良いよう、デザインから考えるためだった。 「かしこまりました。じっくり見せていただきますね」 彼の話を聞いた女性デザイナーは『失礼します』と私の両手を取ったり、私を立たせて一歩離れた所から見たりした。 「こちらの石はブルートパーズですね。石もお揃いになさいますか?」 「メインはダイヤでと考えていますが。今着けているのも大切な思い出の指輪なので、存在感が薄れないようにしたいんですよ。ですが自分はジュエリーに疎いので、素直にプロのセンスを頼ろうと此方に寄らせてもらったわけです。 ああそれと、可能なら結婚指輪も重ねづけ出来るように」 翔真さんは決して尊大な態度はとらないのだけれど、話をしているとそのオーラは半端ない。指輪のデザインの話もまるで会社でしている商談のように滑らかに、全く臆すること無く進めてゆく。 最初はセーターにダウンジャケットを羽織った若者を相手にベテランの余裕を見せていたデザイナーさんの態度が、次第に丁寧で緊張感を伴ったものになっていくのを、私は感心しながら見ていた。 ただし 『石のクオリティーですが、ご予算は?』と尋ねられ 『常識の範囲内で』と答えるのは常識がおかしいと思った。 「あのですね、例えば私の常識と翔真さんの常識は違うと思うんですけど」 苦笑いでそう言うと、彼は『じゃあこれくらい?』とショーケースの上段に飾られた1つを指さしたけれど、私的には非常識な数字で顔が引きつった。 「あの、指輪だけにそんなにお金を使うのはどうかと、」 と小声で言うと 「鈴香。石の値段じゃないんだよ。指輪を見る度に愛しい彼女が覚える幸福感、それをケチりたくない」 「いや、それこそお金の問題じゃ無いですよね?」 「・・・・分かった、今日はデザインだけ考えよう」 予算は結局、私の居ない所で決められる事になった。
/1062ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14901人が本棚に入れています
本棚に追加