<23>

31/39
前へ
/1062ページ
次へ
冷やかすようなマルさんの声に促されて生暖かい視線が私に集まる。 「すんません、実は販促に居た頃から狙ってて」 「マジか。俺、一緒に仕事してたのに全然気づかなかったよ」 「密かに口説いてたんですけど、彼女なかなか本気にしてくれなくて」 「そっかー、忘年会の幹事やってくれたのもハナが居たからかぁ」 「そ。点数稼ぎに」 「なんか忘年会でおふたり、ちょっと良い雰囲気だなぁって思ったんですよねー」 納得顔の金崎さんと笑顔満面の文恵ちゃんも会話に入る。その時、誰かが何気なく 「速水さんなら水口課長も許しちゃいますよね」 と言って、数人の社員が笑顔を固まらせた。3年前のことを覚えている人達だ。けれど 「それな。課長もハナの婿探ししなけりゃ、とは言ってたけど。 実際どうだった?課長の反応。なんせ可愛がってるからなぁ。『うちの鈴香は渡さん』とか言われなかったか?」 と金崎さんが話を振り、翔真さんは少しだけ声を潜めて 「そこは俺、彼女より先に水口課長を口説いたからね。『将を射んとせばまず馬を射よ』って」 と言う。 「さすが! 仕事出来る人間は恋愛でも策士だねぇ」 「誰が馬だって?」 「いてっ」 「“うちの鈴香”は高いぞ? こき使ってやるからな」 そこに部長の部屋から圭介さんが帰ってきて、翔真さんが頭を拳骨でぐりぐりされた。その親しげなやりとりに目を丸くした2課のメンバーが、そそくさと自席に戻って行く。 「はあ~。速水さんに口説かれる水口課長、見たかったですぅ~」 「・・・・ちょっと、想像と違うかもよ? 文恵ちゃん」 そして朝のミーティングが始まり、フロアはいつもの見慣れた風景に戻る。・・・・翔真さんを入れて。 翔真さんは来月に行われるプレゼンの準備チームに入り、さっそく製薬やマーケの人達と打ち合わせがあった。ブランクがあるからサポートの立場だけれどやることは山積みだ。 「友谷さん、このデータもう少し過去のまで遡れませんか」 「はい、探してみます」 「速水、海外で承認されているケースは・・・・」 1日目からフル稼働な空気。今日はリハビリも無いから定時過ぎまで仕事するつもりかもしれない。 「おっ、と、」 「あ、危ないですよ。コピー機行きますからついでに取ってきます」 集中しすぎて脚のことを忘れていたらしい翔真さんが、出力を取りに行こうとして躓いた。 「ありがと鈴香・・・・違った、“木花さん”だった」 ・・・・止めてください。その訂正、余計に目立ちましたから。
/1062ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14901人が本棚に入れています
本棚に追加