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そうして翔真さんの職場復帰は順調に進み、医療関係者の集まる大きな会合でのプレゼンも上首尾に終わったと聞いた。
そして松葉杖も取れた頃、私達は水口夫妻と共に、かねてから翔真さんが訪れたいと望んでいた場所へ赴いた。
「あら、此処はまだ桜が残ってるわ」
「最近寒さが戻った感じだもんね。寒くない? 華ちゃん」
「課長、水、持ちますよ」
「いやまだ危なっかしいから、重いもの持って歩かないほうが」
花吹雪の舞う中、静かな墓地を歩く。翔真さん以外は先月のお彼岸に来たところだが、今日は他に人が居ない。
「良隆。お前に挨拶がしたいと言ってくれたから連れてきたよ」
樒を替えて水を満たしたあと、圭介さんから手を合わせた。返事のように曇り空から薄日が差してくる。
「初めまして。・・・・じゃない気がする」
翔真さんがそう囁いて合掌する。しばらくじっと手を合わせ、私達は風に吹かれていた。
そうしておもむろに顔を上げた彼と、私は目を合わせて微笑んだ。
実を言えば此処に来ると私はまだ良隆くんの居ない寂しさに襲われる。圭介さんや華ちゃんが一緒だからもう涙を流すことはなくなったけれど。
だから翔真さんがお墓参りをしたいと言い出したときには、少々複雑な思いだったのだが。
「喜んでるな、良隆」
「うん、そんな気がする」
良かったね、と華ちゃんに背中をぽんと優しく叩かれて、私も安心した。とても穏やかで晴れやかな心持ちだ。
「良隆くんと何お話したんですか?」
「いろいろ。事故の時助けてくれたお礼も」
トラックが突っ込んできたにも関わらず脚の負傷だけで済んだのは、良隆くんが守ってくれたからだと翔真さんは言っている。
「もちろん、鈴香を幸せにするって約束もしたし」
「そこ大事だから」
前をゆく華ちゃんが口を挟んでくるけれど、華ちゃんも翔真さんが私に誠実なことはもう疑っていない。
「それと、・・・・・・」
「・・・・・はい?」
何か言いかけて翔真さんが黙ったから、私は促すように隣を見たけれど
「や、内緒にしておこう」
フ、と笑われてちょっと口先が尖った。
柔らかく微笑まれたし、春の日差しの中風に運ばれてきた桜の花びらに気を取られて、『まあ良っか』となったけれど。
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