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それからおもむろに立ち上がった翔真さんは、流れる動作で荷物を持ち、空いた手で私が立った後の椅子も直してくれる。まるで常連のようにカードで支払いを済ませワインの入った洒落た手提げ袋を受け取ると、私を案内して向かったのは
美しいシャンデリアにアンティーク調のソファが並んだ広い空間、・・・ホテルのロビーだった。
「予約って、・・・・いつの間に」
「ランチの時。最近は何でもスマホで済むな。
少し待ってて、直ぐ済むから」
まさかお墓参りに出かける今朝には、こんなホテルに泊まるとは思っていなかったけど。それでも“けじめの日”だからと普段着じゃない紺のワンピースを着てきたのが良かった―― 見渡してそう思ってしまう程の格式ではある。
「わ、広い」
本当に直ぐ戻ってきた翔真さんと厚手の絨毯の敷かれた廊下を進み、入った部屋はなかなかにゴージャスだった。大きなベッドが2つ、テーブルを挟んだチェア、ゆったりしたソファもあり、勿論テレビと小さなバーカウンターもある。
「素敵な部屋ですね」
「スイートとはいかなかったけど」
「すみません、私の経済観念では既に限界です」
私ごときと一泊するだけなのに。
「だって、俺にとっては記念すべき大切な夜なんだよ。それに・・・・あ、ありがと」
翔真さんがジャケットを脱いだから、クローゼットの前に居た私は受け取ってハンガーに掛けて仕舞う。慣れてきたこんな作業が私は好きだ。
「昔、鈴香の“初めて”を貰ったのは俺だろう? あのときはムードも何もない俺の部屋だった」
「 、」
半年前までは瓶に入れ蓋を堅く閉め、意識の底に埋め込んでいた夜の記憶。
今は懐かしいけれど、同時に少し恥ずかしい。
「あのときは、ニウも居ましたね」
「今日は邪魔される心配もない。ワイン飲む?」
「少しだけ」
カウンター下の扉からグラスを2つ取り出して、ソファのある窓側スペースへ移動した。大きな窓から美しい夜景が見渡せる。
「凄い贅沢・・・・」
「今はしがない平社員ですけどね、そのうちこれくらいの贅沢は軽くさせてあげられるよう働きますよ、未来の奥さん」
「あら、財布のひもは固めでまいりたいと思いますわ」
クスクスと笑うとこめかみに軽くキスをくれる。
「贅沢だな。鈴香が居る」
「そこはもう日常でしょ?」
「贅沢な日常だ」
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