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ワインの入っていた紙袋にチーズクラッカーが添えられていた。レストランが気を利かせてくれたらしい。 一つ摘んで翔真さんが『あーん』と私の口先に持ってきたから、照れながら口を開けて素直に食べる。フッと笑って人差し指と親指に付いた塩を舐める翔真さんの、微笑む目元は妖艶で・・・・恋人としては現実を超越していて結婚詐欺を疑うレベルだ。 「なんだか、甘過ぎますよ」 「クラッカーが?」 「翔真さんがです」 言うと今度は苦笑い。 「甘いのは嫌い?」 「ちょっと、・・・・不安になります」 つい視線が下を向いた。あまり持ち上げられると落下したときのショックが激しい。 「・・・・トラウマかな。けど分かって欲しい、不安になるとしたら俺のほうだって」 そんな私の肩をゆっくりと自分のに寄せて、頭を撫でてくれる。触れたところから伝わる温もりは、確かに安心をくれる。 「二度と鈴香と離れたくない、心の底からそう思ってる。それもあって木花の籍に入りたいって言ってるんだから」 「・・・・本気なんですか?」 「勿論。うちの両親はそれで良いって言ってるのに」 速水のご両親は『“木花”という名字は珍しいから是非残せ』と言ってくれたそうだが。実家の父はさらに田舎から単身出てきた人で、祖父母も既に亡くなっている。親戚づきあいも母方が主で、華ちゃんの実家である豊岡家も当然そちらだ。 「今度きちんと鈴香のご両親にご挨拶して、お伺いを立てよう」 翔真さんがそう言ってグラスを空けたから、ワインを注ぎ足そうとボトルに手をやると、私の手に彼の大きな手が重なってきた。 「早く会社にも着けてきて欲しいな」 薬指に煌めく指輪。何度見ても溜息が出るほど綺麗だ。いかにもな婚約指輪ではないけれど、場所と石からして課の女性達から注目を浴びるだろう。 「絶対騒がれますよ?」 「楽しみだ」 婚約の公表は大型連休の合間にと考えている。両家の親を交えて食事会をする予定があるから、その後に『婚約しました』報告という設定だ。実は付き合って2ヶ月で既にプロポーズを受けているという事実は水口課長を除くと志保だけが知っていて、勿論黙ってくれている。 「式場も決めないとね。楽しみだ」 「男の人って結婚式とか面倒って言いません?」 「そういう奴も居るけど、俺はそこそこ盛大に挙げたい派だな。結婚衣装を着た鈴香の隣に俺が立って・・・・、大勢の前で正式に夫婦だって認めて貰えるんだよ。うん、俺は楽しみだよ。ベタだけど、アルバム作って、将来子供に見せてやりたい。『お母さんこんなに綺麗な花嫁さんだったよ』って」 うわぁ、甘い。 甘すぎて肩から溶けそうです。
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